映画化された遠藤周作のおすすめ小説8選|スクリーンの向こうにある、もうひとつの深さ

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遠藤周作という作家の名前を聞いて、「なんだか難しそう」と身構えてしまう人は少なくないかもしれません。キリスト教文学、純文学、芥川賞……。たしかに、そんなキーワードが並ぶと少し距離を感じてしまう気持ちもわかります。

でも、遠藤周作の物語は、宗教や文学の枠を超えて、私たちの心の奥底にある「弱さ」や「愛すること」に、静かに、でも確実に触れてくる作品ばかりなんです。

そしてその力強さゆえに、遠藤作品は何度も映画化されてきました。マーティン・スコセッシ監督がおよそ25年越しの情熱で撮り上げた『沈黙 -サイレンス-』をはじめ、ベルリン国際映画祭で銀熊賞に輝いた『海と毒薬』、三船敏郎の遺作となった『深い河』まで、名だたる映画人たちがこの作家の言葉に魅せられてきたのです。

今回は、映画化された遠藤周作作品を中心に、「映画を観た人にはぜひ原作を」「まだどちらにも触れていない人にはまず小説から」という視点で、おすすめの8作品を紹介します。映像では描ききれなかった心の襞(ひだ)に、文字だからこそ辿り着ける——そんな読書体験をお届けできたら嬉しいです。

目次

『沈黙』

著者: 遠藤周作
出版社: 新潮社(新潮文庫)
初版: 1966年
受賞: 第2回谷崎潤一郎賞
映画化: 1971年(篠田正浩監督)/2016年(マーティン・スコセッシ監督『沈黙 -サイレンス-』)

沈黙

神よ、なぜあなたは黙っているのですか

島原の乱が鎮圧されて間もない江戸初期。キリシタン禁制の厳しい日本に、ポルトガル人司祭ロドリゴが密かに潜入します。かつての恩師が弾圧に屈し棄教したという噂の真偽を確かめるために。しかしそこで待っていたのは、想像を超える過酷な現実でした。信徒たちが拷問される中、神はなぜ沈黙し続けるのか——。

この作品が60年近く読み継がれる理由は、「信仰とは何か」という問いの普遍性にあります。信じるものに裏切られたとき、人はどうするのか。それは宗教に限らず、理想や信念を持って生きるすべての人に突き刺さる問いです。スコセッシ監督は約25年もの歳月をかけてこの映画化を実現しましたが、原作小説にはロドリゴの内面の葛藤がさらに繊細に描かれています。踏絵の場面で聞こえてくる「あの声」の重みは、活字でこそ味わってほしい。遠藤周作の最高傑作であり、世界文学としても評価される一冊です。

『海と毒薬』

著者: 遠藤周作
出版社: 新潮社(新潮文庫)/角川文庫
初版: 1957年
受賞: 第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞
映画化: 1986年(熊井啓監督)※ベルリン国際映画祭 銀熊賞受賞

海と毒薬

「悪」は、怪物の顔をしていなかった

太平洋戦争末期、九州の大学附属病院で起きた米軍捕虜の生体解剖事件。助手として勤務していた勝呂二郎は、教授から実験への参加を打診されます。良心の声は聞こえている。なのに彼は、なぜ断れなかったのか。

この作品の恐ろしさは、「悪人」がひとりも出てこないことです。出世欲、保身、空気を読むこと、流されること——。日常の延長線上に、取り返しのつかない行為がある。遠藤はキリスト教的な絶対的規範を持たない日本人の精神風土の問題を、残酷な事件の背景から浮き彫りにしました。映画版は熊井啓監督がモノクロームの映像で凄みある世界を作り上げ、ベルリンで銀熊賞に輝きました。しかし原作小説の、登場人物たちの内面に分け入るような筆致は、文字でしか体験できません。読後、自分自身の「弱さ」について考えずにはいられなくなる一冊です。

『深い河』

著者: 遠藤周作
出版社: 講談社(講談社文庫)
初版: 1993年
映画化: 1995年(熊井啓監督)※三船敏郎の遺作

深い河

すべてを受け入れる河のほとりで、人は何を見つけるのか

インドのガンジス河を訪れるツアーに参加した5人の日本人。妻の生まれ変わりを探す男、かつて弄んだ男の行方を追う美しい女、ビルマの戦場で人肉を食した過去に苛まれる老人——。それぞれの人生の傷と祈りが、母なる大河のほとりで交差していきます。

遠藤周作の遺作にして集大成ともいえる本作は、キリスト教と日本的な汎神論の矛盾を乗り越え、宗教の垣根を超えた「普遍的な愛」へと到達しようとする壮大な試みです。赤ん坊の沐浴と死体が同時に流れるガンジス河は、まさに生と死、聖と俗が渾然一体となった世界の象徴。映画版では三船敏郎が最後の映画出演を果たしましたが、小説でしか味わえないのは、登場人物一人ひとりの内面の深い掘り下げです。読み終えたとき、「許し」とは何かについて、きっと新しい答えが見つかるはずです。

『わたしが・棄てた・女』

著者: 遠藤周作
出版社: 講談社(講談社文庫)
初版: 1964年
映画化: 1969年(浦山桐郎監督『私が棄てた女』)

わたしが・棄てた・女

棄てられたのは彼女か、それとも——

大学生の吉岡は、遊び相手として工場で働く素朴な娘・ミツと出会います。愛情もなく身体だけの関係を持ち、やがて彼女を置き去りにして逃げる。エリートとして順調に出世していく吉岡。一方、棄てられたミツは困窮の末にハンセン病の療養所で奉仕する道を選びます。

遠藤周作自身が「最も好きな登場人物」と語ったミツは、まさに「弱者の中のキリスト像」。出世や体裁にとらわれる吉岡の視点と、無条件に人を愛し続けるミツの視点が交互に語られる構成は、読む者の心を確実に揺さぶります。映画版は浦山桐郎監督が社会派の視点で描き直しましたが、原作にはミツの内面に迫る繊細な筆致があり、遠藤のキリスト教観がより純粋に伝わってきます。純文学に苦手意識がある方にも読みやすい、遠藤入門にもおすすめの一冊です。

『どっこいショ』

著者: 遠藤周作
出版社: 講談社(講談社文庫)
初版: 1967年
映画化: 1968年(小林正樹監督『日本の青春』)

どっこいショ

人生は重い。それでも——「どっこいショ」と立ち上がる

学徒出陣で戦場に送られた善作は、捕虜収容所で上官・鈴木中尉から理不尽な暴力を受け、片耳の聴力を失います。戦後、特許事務所を営む平凡な中年となった善作でしたが、ある日偶然、かつての上官と再会してしまう。封じ込めていた心の古傷が、一気に甦ります。戦争を知らない子どもたちとの世代の断絶、妻との冷えた関係、かつての恋人との再会——。

読売新聞夕刊に連載された本作は、遠藤作品の中でも最も「普通の人」に寄り添った物語です。ヒーローでも聖人でもない、戦争の傷を抱えたまま日常を生きる男の哀感。映画版は名匠・小林正樹監督が藤田まことを主演に迎え、武満徹の音楽とともに静かな社会派ドラマに仕上げました。タイトルの「どっこいショ」は、重い人生を背負いながらも立ち上がろうとする男のため息のような掛け声。その響きが、読後にじんわりと胸に残ります。

『さらば、夏の光よ』

著者: 遠藤周作
出版社: 講談社(講談社文庫)
初版: 1975年
映画化: 1976年(『さらば夏の光よ』)

さらば、夏の光よ

不器用な愛は、人を救えるのか

背が低くて鈍くて、女性にモテない野呂。心は誰よりも優しいのに、密かに恋する同級生・京子の心を掴んだのは、明るく行動的な親友の南条でした。微妙に揺れる友情、翳りゆく青春。そして8年の歳月が過ぎたとき、三人の運命は思いもよらない方向へ動き出します。

遠藤作品の中でも珍しい青春ロマンですが、その根底にあるのはやはり「愛」の問題です。不器用で一途な愛は、ときに相手を救うどころか追い詰めてしまう。自己犠牲と押しつけがましさの境界線はどこにあるのか。前半のユーモラスな語り口から一転、後半の切なさは胸を締めつけます。遠藤本人が物語に登場して若者たちにトンデモな恋愛指南をするという、ちょっと変わった仕掛けも楽しい一冊。重厚な作品の合間に読むと、遠藤文学の懐の深さを実感できます。

『闇のよぶ声』

著者: 遠藤周作
出版社: 講談社(講談社文庫)
初版: 1971年
映画化: 1981年(野村芳太郎監督『真夜中の招待状』)

闇のよぶ声

四人の兄弟が消えた。闇の奥に何が待っているのか

婚約者の田村樹生には三人の兄がいました。しかしその兄たちが、一人また一人と理由もなく失踪していく。次は自分の番ではないか——怯える樹生を前に、婚約者の圭子は精神科医とともに謎を追い始めます。心霊写真、降霊術、予知夢……。調査を進めるほどに、闇はますます深くなっていきます。

遠藤周作にはホラーやサスペンスの名手という「第三の顔」がありました。純文学作家・遠藤周作とも、ユーモアエッセイストの狐狸庵先生とも異なる、この不気味な世界。映画版は『砂の器』の野村芳太郎監督がメガホンを取り、小林麻美の都会的な美貌を活かしたサイコミステリーに仕上がっています。原作小説のほうが心理描写が緻密で、じわじわと恐怖が迫ってくる読書体験が味わえます。遠藤文学の意外な一面を知りたい方にこそ、手に取ってほしい異色作です。


『妖女のごとく』

著者: 遠藤周作
出版社: 講談社(講談社文庫)
初版: 1987年
映画化: 1988年(長崎俊一監督『妖女の時代』)

妖女のごとく

天使か、悪魔か。その女医の正体を、あなたは見抜けるか

友人の結婚相手にふさわしいか調べてほしいと頼まれた辰野は、美貌の女医・大河内葉子の身辺を探り始めます。病院では誰にでも優しいと評判の彼女。しかし調査を進めるうちに、ホストクラブへの出入り、患者の幼い娘の不審な死、精神科への通院……。次々と浮かび上がる不穏な事実。辰野は知らず知らずのうちに、妖しい魅力の罠に引きずり込まれていきます。

16世紀ハンガリーの「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリの伝説を巧みに織り交ぜながら、人間の中に潜む善と悪の二面性をスリリングに描き出したサスペンス。遠藤作品の中では最も読みやすい部類に入り、ページをめくる手が止まらなくなります。『闇のよぶ声』と並んで、遠藤周作のサスペンス作家としての力量を堪能できる一冊。「遠藤周作=宗教文学」というイメージを覆す、入口としても最適です。

遠藤周作の物語は、弱い人間のそばにいる

8作品を紹介してきましたが、遠藤周作の小説に通底しているのは、いつも同じ問いかけです。

「弱い人間は、救われないのか」

強い者が勝ち、正しい者が報われるのが世の中のルールだとしたら、弱くて、ずるくて、逃げてしまう人間には居場所がないのでしょうか。遠藤はその問いに、生涯をかけて「そうではない」と答え続けた作家でした。

映画化された作品から入るもよし、文庫本を一冊手に取るもよし。どこから読んでも、遠藤周作の言葉はきっとあなたの心の柔らかい場所に届くはずです。

スクリーンの向こう側にある「もうひとつの物語」に、ぜひ触れてみてください。

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