釣りには不思議な力がある。水面を見つめ、糸を垂らし、ただ待つ。その静かな時間のなかで、人は自分と向き合い、自然と対話し、そしてときに人生を変えるような出会いを果たす。
漫画の世界でも、釣りは昔から愛されてきたテーマのひとつだ。少年の冒険、サラリーマンの息抜き、女子高生の青春、大人の孤独な至福――。竿の先に待っている物語は、実にさまざまで奥深い。
今回は、釣り好きはもちろん、釣りをしたことがない人にも刺さる、珠玉の釣り漫画を11作品集めてみた。ページをめくれば、きっとあなたも水辺に立ちたくなる。
釣りキチ三平
著者:矢口高雄 / 出版社:講談社(週刊少年マガジンコミックス)/ 全65巻(完結)

すべての釣り漫画の原点にして頂点
秋田の山間に暮らす釣り好き少年、三平三平。じいちゃん譲りの天性のセンスで、日本中、そして世界中の魚に挑んでいく。1973年から10年にわたって連載され、累計発行部数5000万部を誇る、まさに釣り漫画の金字塔だ。
この作品の凄さは、少年漫画としての熱い展開と、釣りの技術書としてのリアルさが両立しているところにある。作者の矢口高雄自身が生粋の釣り人であり、作中に登場する魚のほとんどを実際に釣っている。幻の怪魚や伝説の大物に挑む三平の姿は、冒険ものとして読んでもワクワクするし、渓流や磯の描写は思わず息を飲むほど美しい。釣りの原体験をくれる一作。
「釣りキチ三平」の関連テーマ
釣りバカ日誌
原作:やまさき十三 / 作画:北見けんいち / 出版社:小学館(ビッグコミックス)/ 既刊117巻(連載中)

出世より釣り。それが人生だ
鈴木建設の万年平社員、浜崎伝助ことハマちゃん。出世にはまるで興味がなく、週末の釣りだけが生きがいという男が、会社の社長を釣り仲間にしてしまうところから物語は転がり始める。1979年の連載開始から40年以上続く国民的長寿漫画であり、映画シリーズでもおなじみだ。
釣りの描写ももちろん楽しいが、この作品の真の魅力はハマちゃんという生き方そのものにある。肩の力を抜いて、好きなことを好きなまま楽しむ。それでも人とのつながりは豊かで、仕事だってなんだかんだ回っていく。読むと不思議と気持ちが軽くなる、大人のための処方箋のような漫画だ。
放課後ていぼう日誌
著者:小坂泰之 / 出版社:秋田書店(ヤングチャンピオン烈コミックス)/ 既刊15巻(連載中)

生き物が苦手な女の子が、堤防で見つけた居場所
都会から九州の田舎町に引っ越してきた高校1年生の鶴木陽渚は、生き物が大の苦手なインドア派。ところが堤防で出会った先輩に半ば強引に「ていぼう部」へ入部させられ、釣りの世界に足を踏み入れることになる。
釣り専門誌にも紹介されるほど釣りの描写が丁寧で、仕掛けの作り方からキャストの方法まで、読んでいるだけで釣りの基本が身につく。それでいて、部員たちのゆるやかな日常がとにかく心地よい。熊本県芦北町をモデルにした風景もまた魅力で、アニメ化に加えて実写ドラマ化も果たした人気作。釣りを始めてみたい人への最高の入門書でもある。
スローループ
著者:うちのまいこ / 出版社:芳文社(まんがタイムKRコミックス)/ 既刊10巻(連載中)

釣り糸が結ぶ、ふたりの姉妹の環
亡き父に教わったフライフィッシングを一人で楽しむ少女、ひより。そんな彼女のもとに、母の再婚によって「姉妹」となった小春がやってくる。正反対の性格のふたりが、釣りを通して少しずつ家族になっていく。
フライフィッシングという敷居の高い釣りを扱いながらも、その世界を驚くほどやさしく描いているのがこの作品の魅力だ。毛鉤を巻く工程や、キャストの美しさ、そして釣った魚を料理して食べるまでの一連の流れが、丁寧に温かく描かれる。家族の再生と友情、そして釣りの喜びが交差するヒューマンドラマとしての完成度が高く、2022年にはTVアニメ化もされた。
おひ釣りさま
著者:とうじたつや / 出版社:秋田書店(少年チャンピオン・コミックス・タップ!)/ 既刊14巻(連載中)

一人の時間こそ、最高の贅沢
会社ではクールビューティーとして知られる24歳のOL、上条星羅。しかし休日の彼女はルアーにエサ釣り、川から海まで、一人で釣りを満喫する「おひ釣りさま」だ。
群像劇に釣りを添えるのではなく、一人の釣行をしっかりと描くスタイルが実にリアル。釣り人なら思わずうなずいてしまうような釣りテクニックの紹介も豊富で、バス釣りからソルトまで幅広いジャンルを網羅している。星羅のクセのあるモノローグがギャグタッチで心地よく、肩の力を抜いて楽しめる。一人で過ごす時間の豊かさを教えてくれる作品だ。
グランダー武蔵
原作:藤本信行 / 作画:てしろぎたかし / 出版社:小学館(てんとう虫コミックス)/ 全10巻(完結)

少年よ、ルアーを投げろ
都会から田舎に引っ越してきた少年、風間武蔵。そこで出会ったミラクルジムに導かれ、バス釣りの面白さに目覚めていく。やがて天性の才能を開花させた武蔵に、闇の組織「鬼道グループ」の魔手が迫る――。
90年代のコロコロコミックで一世を風靡したバスフィッシング漫画。アニメ化に加え、タイアップしたルアーが子供たちの間で爆発的に流行した。少年漫画らしいバトル展開が熱く、釣りの楽しさを冒険の文脈で伝えてくれる。あの頃ルアーを握りしめた元少年たちにとって、この作品は釣りの原風景そのものだろう。
バーサス魚紳さん!
原作:矢口高雄 / 作画:立沢克美 / 出版社:講談社(イブニングKC)/ 全7巻(完結)

あの魚紳さんが帰ってきた
『釣りキチ三平』の人気キャラクター、鮎川魚紳。三平の兄貴分であり師であった彼が、実在のプロ釣り師たちと本気の釣り対決を繰り広げるスピンオフ作品だ。
連載開始から45年の時を経て、イブニング誌に登場した魚紳さんの姿は、あの頃のまま洗練されていてカッコいい。釣り場ごとの丁寧な解説があるため、プロフィッシングの世界を知らなくても十分に楽しめる。三平を知っている世代なら感慨深いし、知らない世代にとっては新鮮な釣りエンタメとして刺さる。原点への敬意と新しい風が同居する一作。
浜咲さんなら引いている
原作:瀬戸内ワタリ / 作画:水谷ふみ / 出版社:小学館(ビッグコミックス)/ 全1巻(完結)

東京のど真ん中で、今日も彼女は糸を垂らす
都内の高校に通う浜咲さんは、一見すると竹刀袋を持ち歩く和風美人。しかしその中身は釣り竿で、放課後になると神田川やその周辺で釣りを楽しんでいる。
東京という身近な舞台で釣りをする日常感が新鮮で、ウナギやスズキ、ハゼ、クロダイと、都会にもこんな魚がいるのかと驚かされる。釣った魚を美味しく料理して食べるシーンも魅力的で、キャッチ&イートの楽しさが伝わってくる。照れ屋で釣り好きを隠したがる浜咲さんのキャラクターもかわいらしく、全1巻とコンパクトに楽しめるのもうれしい。
つりこまち
著者:山崎夏軌 / 出版社:スクウェア・エニックス(ヤングガンガンコミックス)/ 全7巻(完結)

夢を捨てた少女が、もう一度竿を握るとき
9歳で釣り大会のチャンピオンとなり、「オリンピックで金メダルを取りたい」と宣言した少女、館山真理萌。しかし6年後、高校生になった彼女はその夢を捨てていた。そこに現れたのは、かつての宣言に火をつけられた「もう一人の少女」だった。
スポーツ漫画のような熱い青春ドラマと、釣りの技術的な解説が融合した意欲作。過去のトラウマと向き合いながら、再び釣りの世界に戻っていく真理萌の姿に胸が熱くなる。魚や釣り場についての知識もしっかりと盛り込まれており、競技としての釣りの奥深さを教えてくれる。全7巻で完結しているので、最後まで一気に駆け抜けられる熱い一作だ。
カワセミさんの釣りごはん
著者:匡乃下キヨマサ / 出版社:双葉社(アクションコミックス)/ 既刊13巻(連載中)

釣って、捌いて、食べる。それが最高の友情
福岡県八女市に引っ越してきた料理好きの人見知り女子高生、カワセミ。ある日、クラスメイトの金髪ヤンキー風少女ミサゴに半ば強引に山奥へ連れ出される。ミサゴの目的は釣り。そして釣った魚をカワセミが腕を振るって調理したことから、ふたりのアウトドアライフが始まる。
この作品が素晴らしいのは、釣りと料理の両方が本格的に描かれていること。釣りの仕掛けやテクニックはもちろん、釣った魚をその場でどう美味しく食べるかまで丁寧に描写されていて、読んでいるだけでお腹が空いてくる。ぼっち気質のカワセミと豪快なミサゴの凸凹コンビが、釣りと食を通して絆を深めていく姿がとにかく温かい。福岡の自然豊かな風景も魅力で、キャッチ&イートの喜びをまっすぐに伝えてくれる一作だ。
つれづれダイアリー
著者:草野ほうき / 出版社:KADOKAWA(MFC)/ 全3巻(完結)

不器用な女子高生が、釣りで見つけた自分の居場所
高校1年の森野アリスは、ある日クラスメイトの音々子を見かけて後を追う。たどり着いたのは、女子高生らしさのかけらもない釣り場だった。
釣りと日常系のゆるさが絶妙に融合した作品で、キャラクターたちの掛け合いがとにかく楽しい。釣りに詳しくなくても、仲間と過ごす放課後の空気感にほっこりする。全3巻で完結しているので、一気読みにもぴったり。気負わず手に取れる、釣り漫画の入口としておすすめの一作だ。


