あの人がテレビで見せる顔と、原稿用紙に向かうときの顔は、きっと違う。
芸能人が小説を出すと聞くと、正直なところ「話題づくりでしょ?」と思ってしまう人もいるかもしれない。でも、ページをめくってみてほしい。笑わせるために磨いてきた言葉が、泣かせるための武器にもなることを知るはずだ。芥川賞を射止めた芸人がいる。直木賞に何度もノミネートされたアイドルがいる。処女作で100万部を超えたコメディアンがいる。
ここでは、芸能界で活躍しながら「物語」に本気で向き合った人たちの小説を13作品紹介する。有名な作品からちょっと意外な一冊まで、あなたの本棚に加えたくなる物語がきっと見つかるはずだ。
青天 ── 若林正恭
著者:若林正恭(オードリー)|出版社:文藝春秋

仰向けに倒されても、また立ち上がる理由を探している
総大三高の「アリ」こと中村昴が所属するのは、万年2回戦どまりの弱小アメフト部。引退をかけた最後の大会でも、強豪・遼西学園の壁はあまりにも高く、容赦ないスコアで打ち砕かれる。それでも胸に残るのは、グラウンドで味わった痛みと、自分への苛立ちだった。
「青天(アオテン)」とは、アメフトで仰向けに倒されること。エッセイ『ナナメの夕暮れ』や紀行文『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』で知られる若林正恭が、満を持して放った初の長編小説だ。
自身も高校時代にアメフトに打ち込んだ経験を持つだけあって、身体がぶつかる音、倒された瞬間の視界の描写がおそろしくリアル。だが本作の核心はスポーツそのものではなく、「勝てないとわかっていても全力でぶつかることに意味はあるのか」という問いにある。華々しい勝利ではなく、ぶつかり合うその瞬間にだけ生まれる「生きている実感」を描いた、熱くて痛い青春小説だ。
火花 ── 又吉直樹
著者:又吉直樹(ピース)|出版社:文藝春秋|第153回芥川賞受賞

才能と嫉妬の炎が、夜空の花火のように一瞬で燃え尽きる
売れない若手芸人の徳永は、熱海の花火大会で先輩芸人・神谷と出会う。破天荒だけど芸に対してだけはどこまでも真剣な神谷に惹かれ、徳永は彼の「伝記」を書くことを約束する。笑いを追い求める二人の関係を通じて、才能への渇望と嫉妬、そして表現者として生きることの痛みが静かに浮かび上がる。
お笑い芸人が芥川賞を獲ったという事実のインパクトだけで語られがちだけれど、この小説の本当の凄みは、「売れないこと」のリアルな手触りにある。華やかな舞台の裏側で、自分の才能を信じきれないまま走り続ける人間の姿は、芸人に限らずすべての表現者の胸に刺さる。純文学としての完成度の高さに、きっと驚くはずだ。
「火花」の関連テーマ
劇場 ── 又吉直樹
著者:又吉直樹(ピース)|出版社:新潮社

好きな人を傷つけることしかできない、不器用すぎる恋の話
売れない劇作家の永田は、女優を志して上京してきた大学生・沙希と出会い、彼女の部屋に転がり込む。才能への焦りとプライドに支配された永田は、自分を支えてくれる沙希を大切にしたいのに、傷つけることしかできない。
『火花』が芸人の物語だとすれば、『劇場』は又吉直樹の恋愛小説だ。読んでいて苦しくなるほどに、永田のダメさが痛い。でもその痛みの奥に、人を好きになることの途方もなさがある。『火花』よりもこちらが好きだという読者も多い。映画化もされており、山﨑賢人の演技も見事だった。又吉文学のもう一つの到達点。
浅草キッド ── ビートたけし
著者:ビートたけし|出版社:太田出版(単行本)/新潮文庫/講談社文庫

芸人になる前の「たけし」がいた、浅草という名の青春
昭和47年、大学を中退した一人の青年が浅草六区の街に降り立つ。ストリップ劇場「フランス座」に飛び込み、ダンディな深見千三郎師匠に弟子入りした「オイラ」は、踊り子たちや個性的な仲間に揉まれながら、芸人としての自分を見つけていく。
ビートたけしが師匠との日々を綴った自伝的青春小説であり、多くの芸人から「バイブル」として読み継がれてきた一冊だ。師匠の背中を追いかけた日々と、売れていく自分と反比例するように寂れていく浅草の姿が切ない。2021年にNetflixで劇団ひとり監督・大泉洋と柳楽優弥のダブル主演で映画化され、再び大きな話題となった。笑いの世界に足を踏み入れたすべての人の原点がここにある。
東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜 ── リリー・フランキー
著者:リリー・フランキー|出版社:扶桑社|本屋大賞受賞・累計200万部超

どんな息子も、オカンの前ではただの子どもに戻る
九州の小倉で生まれ育った「ボク」は、破天荒なオトンと離れ、オカンに育てられた。やがて東京の美大に進学し、ぐうたらな日々を過ごしながらも少しずつ仕事を始める。そしてオカンの病が発覚し、ボクは母を東京に呼び寄せる決意をする。
200万部を超えた大ベストセラーであり、本屋大賞も受賞した国民的作品。リリー・フランキーの飾らない筆致で綴られる母と子の物語は、読む人の記憶の中にいる「自分のオカン」を呼び起こす。オダギリジョーと樹木希林の共演で映画化もされ、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した。親孝行したくなったら、この本を開いてほしい。
陰日向に咲く ── 劇団ひとり
著者:劇団ひとり|出版社:幻冬舎|累計100万部突破

日の当たらない場所でも、人は懸命に咲こうとする
借金まみれのギャンブル依存症の青年、崖っぷちのアイドルとそれを応援するオタク、大ボラ吹きのホームレスに憧れるサラリーマン。東京の片隅で生きる「ダメな人たち」の人生が、ある台風の日に交差する。
劇団ひとりのデビュー作にして、100万部を突破した連作短編集。それぞれの物語が少しずつ重なり合い、最後に一つの大きな絵になる構成が見事だ。不器用で冴えない人間たちへの温かいまなざしが全編を貫いている。岡田准一・宮崎あおい主演で映画化もされた。お笑い芸人が「本気で書いた」小説の金字塔。
青天の霹靂 ── 劇団ひとり
著者:劇団ひとり|出版社:幻冬舎

もし過去に戻れたら、あなたは父親を許せますか
売れないマジシャンの晴夫は、ある日突然、雷に打たれて40年前の浅草にタイムスリップしてしまう。そこで出会ったのは、若き日の父と母だった。自分がまだ生まれる前の両親と過ごすなかで、晴夫は家族の知られざる真実と向き合うことになる。
劇団ひとり自らが監督・脚本を務めて映画化もした、作家としての第二作。タイムスリップというファンタジーの枠組みを使いながら、描かれるのは極めてリアルな家族の葛藤と再生だ。『陰日向に咲く』の巧みな構成力に加え、親子の物語として一段深い感動がある。映画版では大泉洋が主演を務め、劇団ひとり本人も出演している。
なれのはて ── 加藤シゲアキ
著者:加藤シゲアキ(NEWS)|出版社:講談社|第170回直木賞候補

一枚の絵の裏に眠る、百年の秘密を解き明かす旅
テレビ局員の守谷京斗は、異動先で出会った吾妻李久美から、祖母が持っていた作者不明の絵を使って展覧会を企画したいと相談を受ける。絵の裏にあったのは「ISAMU INOMATA」という署名だけ。謎の画家の正体を追ううちに、秋田のある一族が封じ込めた戦争の記憶へとたどり着く。
NEWSの加藤シゲアキが構想3年をかけて完成させた渾身作であり、前作『オルタネート』に続く2度目の直木賞候補となった。東京、秋田、新潟を舞台に、令和から大正まで時代を行き来しながら、一族の来歴を解き明かしていくミステリーは圧巻のスケール。アイドルが書いたという前提を忘れて、純粋にエンターテインメント小説として楽しんでほしい。
オルタネート ── 加藤シゲアキ
著者:加藤シゲアキ(NEWS)|出版社:新潮社|第42回吉川英治文学新人賞受賞

SNS時代に生きる高校生たちの、眩しくて切ない群像劇
高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が当たり前になった時代。東京の私立高校を舞台に、料理コンテストの悲劇を引きずる蓉、アプリで「絶対的な愛」を追い求める凪津、高校を中退して音楽の道を模索する尚志。三人の若者たちの運命が、鮮やかに加速していく。
吉川英治文学新人賞を受賞し、高校生直木賞にも選ばれた、加藤シゲアキの代表作。デジタルネイティブ世代の青春を真正面から描きながら、「人とつながるとは何か」という普遍的な問いを投げかけてくる。現役アイドルとして史上初の文学賞受賞という快挙も話題になったが、この小説はそんな肩書きなしに読まれるべき力を持っている。
ふたご ── 藤崎彩織
著者:藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)|出版社:文藝春秋|第158回直木賞候補

大切な人を大切にすることが、こんなに苦しいなんて
いつも一人ぼっちでピアノだけが友達だった中学生の夏子は、不良っぽいけれど繊細な高校生・月島と出会う。彼は夏子のことを「ふたごのようだ」と言うけれど、夏子は全然そうは思えない。振り回され、傷つきながらも、夏子は月島のそばにいることを選び続ける。やがて月島が「バンドをやる」と言い出して──。
SEKAI NO OWARIのSaoriこと藤崎彩織が5年をかけて書き上げた初小説であり、処女作にして直木賞候補に選ばれた。バンド結成前夜を描く物語には、セカオワの誕生秘話を彷彿とさせるリアリティが宿っている。けれどこの小説の核心は、誰かのそばにいることの痛みと幸福を、これほど生々しく描ききったところにある。ミュージシャンの感性が紡ぐ、鮮烈な青春小説。
ドロップ ── 品川ヒロシ
著者:品川ヒロシ(品川庄司)|出版社:リトルモア|シリーズ累計900万部突破

殴り合いの中にしか、居場所がなかった少年たちの話
1980年代、東京・狛江。漫画「湘南爆走族」と「ビー・バップ・ハイスクール」に憧れて不良になることを決めた信濃川ヒロシは、転校先の狛江北中で本物の不良たちと出会う。喧嘩と悪戯に明け暮れる毎日。でもそこには確かに、仲間と過ごすかけがえのない青春があった。
品川庄司の品川ヒロシが自らの半生をもとに描いた不良青春小説。コミック版も含め累計530万部を突破し、品川自身が監督・脚本を務めた映画は興行収入20億円の大ヒットとなった。殴り合いと馬鹿騒ぎの裏側に、思春期特有の切なさと、姉への想いが滲む。荒っぽいけれどどこか温かい、昭和の匂いがする青春がここにある。
浅き夢見し ── 押切もえ
著者:押切もえ|出版社:小学館

華やかな世界の裏側で、自分を見失いかけた女性たちの物語
モデルとして活躍する主人公が、華やかなファッション業界の裏側で自己と向き合い、本当の自分を探していく。きらびやかな世界に身を置きながらも、誰もが抱える「私は何者なのか」という問いに正面から挑んだ長編小説。
トップモデルとして活躍してきた押切もえが約3年をかけて書き下ろした初の長編。「話題づくり」と侮るなかれ。実際にその世界を生きてきた人だからこそ書ける、ファッション業界のリアルな空気感と、その中で揺れる女性の内面描写には確かな説得力がある。芸能人小説の中でも「意外な良作」として知る人ぞ知る一冊だ。
これはちゃうか ── 加納愛子
著者:加納愛子(Aマッソ)|出版社:河出書房新社

笑いの最前線に立つ人が書く、ちょっとズレた世界の短編集
同じアパートに住む友人が元気なさそうな話、イトコという存在の不思議さについてバズり記事を書きたい話、美術展の最終日に駆け込んでマウントを取ってくるやつの話、映画研究会に伝わる怪談……。日常のすぐ隣にある「ちょっとだけおかしい世界」を描く全6篇の短編集。
Aマッソのネタ作り担当・加納愛子の初小説集。芥川賞作家の高瀬隼子が「人間をシビアに見つめてよく知っているのに、底のところがぬくいままで、ずるい」と評したように、笑いの感覚がそのまま小説の言葉になっている稀有な一冊だ。会話のテンポが抜群に心地よく、気づけばクスッと笑っている。「元気なときに余力で、クッキーこぼしながら読んでほしい」という著者の言葉どおり、肩の力を抜いて楽しめる。今もっとも注目したい芸人作家の一人だ。
テレビの中で笑わせてくれる人、歌で心を震わせてくれる人、スクリーンで別の人生を生きてみせてくれる人。彼らが「小説」という形で差し出す物語には、ステージの上では見せない素顔がある。
芸能人だから読む、のではない。面白い小説だから読む。その結果として、あの人の新しい一面に出会える。それが「芸能人が書いた小説」を手に取る最大の喜びだと思う。

