柔道は、勝負の競技であると同時に、人間そのものを描くのに不思議と向いた題材だ。一本で決まるシンプルな勝敗。寝技で絡み合う長い時間。礼に始まり礼に終わるという、暴力性と精神性が同居する独特の構造。だからこそ柔道を描いた物語には、スポーツものの熱量を超えて、人がどう生きるかという問いがいつも横たわっている。
この記事では、柔道をテーマにした小説と、物語性の高い柔道ノンフィクションを織り交ぜて紹介していく。明治の創成期から現代の畳の上まで、九つの本を選んだ。
姿三四郎
著:富田常雄/新潮文庫

柔道小説のすべての原点が、ここにある
1942年に世に出た、柔道小説の祖というべき大長編である。明治十五年、会津から上京した青年・姿三四郎が、矢野正五郎の紘道館に入門し、四天王の一人として旧来の柔術諸流派と死闘を繰り広げていく。実在した講道館四天王の一人、西郷四郎がモデルとされる。
著者の富田常雄は、講道館創成期の四天王・富田常次郎を父に持つ柔道有段者。柔道を描くことそのものに切実な喜びがあった人だ。だから本作の柔術試合の描写には、書斎で組み立てた格闘ではなく、畳の上を知る者の手応えがある。
物語の魅力は、必殺の「山嵐」を武器に三四郎が強くなっていく爽快さだけではない。彼に敗れて命を縮めた柔術家の娘・乙美との切ない交流、明治という時代を覆う伊藤博文ら歴史上の人物たち、近代化の波の中で滅びゆく柔術と新興の柔道。娯楽小説の体裁をまといながら、明治十年代日本の社会各階層を丸ごと写し取った骨太な小説でもある。黒澤明の初監督作品としても知られるが、原作の漢文調の文体は今読んでも独特の迫力がある。
北の海
著:井上靖/新潮文庫

練習量がすべてを決定する、と信じた青年たちの夏
『しろばんば』『夏草冬濤』に続く井上靖の自伝的三部作の最終巻である。沼津中学を卒業して浪人生活を送る伊上洪作のもとに、ある日、旧制第四高等学校の柔道部員・蓮見が現れる。「学問をやりに来たと思うなよ、柔道をやりに来たと思え」「練習量がすべてを決定する柔道を、僕たちは造ろうとしている」。寝技だけで戦う高専柔道の世界に魅入られた洪作は、まだ入学もしていない金沢の四高へ夏稽古に向かう。
舞台となる無声堂は実在の道場で、現在は明治村に移築されて保存されている。井上靖自身がそこで過ごした浪人時代の夏が、半世紀後にこうして小説として結晶した。
ストイシズムに頭の天辺まで浸かった旧制高校生たちの放埓と純粋さが、北陸の空気の中に立ち上ってくる。柔道のために食って眠るだけの生活、その他いっさいが無になる時間。それが屈託のない明るさになって流れていく不思議。後年の自伝的小説『七帝柔道記』の増田俊也が「自分はこの本の続編を書いている」と語ったほど、後世の柔道家たちに読み継がれてきたバイブル的な一冊だ。
東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術
著:夢枕獏/双葉文庫(全四巻)

明治、術が道へと変わる夜明けに、闘う漢たちがいた
『餓狼伝』『キマイラ・吼』の夢枕獏が、講道館創成期の若者たちを描いた大河格闘巨編である。明治十五年三月、陸軍大将になる夢を抱いて会津から上京した十七歳の柔術自慢の青年・志田四郎。彼はやがて、嘉納治五郎が興した「講道館」で、後に四天王と称される西郷四郎となっていく。
姿三四郎と同じ題材を扱いながら、富田常雄の古典的な柔道小説とはまったく違うアプローチが取られている。夢枕獏は、嘉納治五郎の合理的精神と、大東流合気柔術の異形の達人・武田惣角の「闇」を対置させ、柔術各派が血と汗で挑みかかってくる警視庁武術試合を経て、柔術が柔道へと脱皮していく明治を描き切る。
「人にゃぁね、最後のどんづまりのところで、ひとつだけ持っている権利がある。馬鹿なこととわかっていて、それをやる権利ってえのかね」――作中の台詞には、夢枕獏が長年問い続けてきた「なぜ闘うのか」というテーマがそのまま流れている。あとがきによれば本作は、講道館創成期、明治大正の異種格闘技戦、コンデ・コマこと前田光世の物語、海外に渡った日本人格闘家たちの物語、その四つの構想を呑み込んだ大計画の一部だ。スケールの大きさを存分に味わってほしい。
七帝柔道記
著:増田俊也/角川文庫

二浪して飛び込んだ、寝技中心の異形の柔道
旧帝国大学七校だけで戦われる、寝技中心の「七帝柔道」。そこに憧れて二浪の末に北海道大学に入学した著者自身の青春を描いた、自伝的青春小説である。十五人の団体戦、引き分けありの勝ち抜き勝負、寝技への「待て」がない。そして練習では、絞め落とされても関節を極められても自分から「参った」をしてはいけないという、異常とも言える部の掟が支配する世界。講道館柔道とはまったくルールも文化も異なる、世界唯一の異形の柔道だ。第四回山田風太郎賞最終候補にもなった。
主人公が憧れて入部した北大柔道部は、かつて高専大会で全国優勝した名門の面影もない、七帝戦で連続最下位を続けるどん底の弱小チームだった。「練習量が必ず結果に出る」という言葉だけを信じて、極限の練習量をこなしていく日々。偏差値だけで生きてきた頭でっかちの青年たちが、それが通じない「強さ」「腕力」という世界に放り込まれ、プライドをずたずたに破壊されていく。
吹雪の北海道大学キャンパスを舞台に、絞め落とされ関節を極められのたうち回る日々と、個性あふれる先輩・同期との笑いと涙の青春が綴られる。著者が夭折した後輩への鎮魂歌として「泣きながら書き続けた」と語る一冊。シリーズは続編『Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』、第三作『Ⅲ 湖に星の散るなり』へと続いていく。
VTJ前夜の中井祐樹 七帝柔道記外伝
著:増田俊也/角川文庫

失明しながら戦った、ある柔道家の生き方
『七帝柔道記』の世界とつながる、傑作ノンフィクション集である。表題作の主人公・中井祐樹は、増田俊也の北大柔道部三期後輩で、後に総合格闘技の黎明期に身を投じた男だ。1995年のバーリ・トゥード・ジャパン・オープン95で、一回戦で右目を失明しながらもトーナメントを勝ち上がり、決勝でヒクソン・グレイシーと戦った。後にヒクソンが「真のサムライ」と讃えた男の軌跡が描かれる。
収録作品はもう二編ある。「超二流と呼ばれた柔道家」は、平成の三四郎・古賀稔彦を八年かけて背負い投げで仕留めた堀越英範を追ったルポ。「死者たちとの夜」は、東孝、猪熊功、木村政彦ら、すでにこの世を去った格闘家たちの霊が幻のように交錯する不思議な一夜の物語だ。
巻末には北大柔道部の先輩・後輩との対談も収録され、『七帝柔道記』を読み終えた後に読むと、あの青春の続きの「その後」がじわじわと胸に来る。陽の当たらないところで愚直に己の道を貫いた男たちへの、深い敬意に貫かれたノンフィクションだ。
木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
著:増田俊也/新潮社

史上最強の柔道家は、なぜあの夜、敗れたのか
第四十三回大宅壮一ノンフィクション賞、第十一回新潮ドキュメント賞をダブル受賞した、ノンフィクションの金字塔である。十八年に及ぶ取材を経て書き上げられた七百ページ二段組の大著。読み始めれば、そのページ数は決して長くは感じない。
「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と呼ばれた史上最強の柔道家・木村政彦。戦前の全日本選士権を三連覇し、1940年の天覧試合を制し、戦後も全日本選手権で頂点に立った男。十三年間無敗を誇り、ブラジルでエリオ・グレイシーを破った男。その彼が、1954年12月のいわゆる「昭和の巌流島」で力道山に一方的に敗れ、表舞台から姿を消した。なぜ木村は負けたのか。そしてなぜ、武道家としての矜持を持っていたはずの木村が、力道山を本当に殺さなかったのか。
著者の筆は、戦前から戦中、戦後にかけての柔道史、プロレス史、ブラジリアン柔術史にまで及び、昭和という時代そのものの精神史を描き切る。木村への深い愛情と、ノンフィクションとしての公平さの間で揺れる作者の姿そのものが、この本の最大のドラマだ。平野啓一郎は本書を評して「これはまさしく魂の仕事である」と書いた。
嘉納治五郎 オリンピックを日本に呼んだ国際人
著:真田久/潮文庫

柔道を作った男は、世界を見ていた
JOC委員も務めた嘉納治五郎研究の第一人者による評伝である。柔道創始者という肩書きの陰に隠れがちな、嘉納治五郎という人物の全体像を、コンパクトに、しかし本格的に描き出した一冊だ。
1860年生まれの嘉納は、東京大学在学中に柔術を学び、明治十五年に講道館柔道を創始した。だが彼の仕事は柔道だけにとどまらない。アジア初のIOC委員に就任し、日本のオリンピック初参加を実現し、東京オリンピック招致に奔走した。教育者として嘉納塾や宏文学院を開き、清国からの留学生を受け入れた。「マラソンの父」金栗四三を世に送り出したのも嘉納である。
精力善用、自他共栄。柔道の根本にあるこの理念が、いかに教育と国際交流の思想と結びついていたのか。本書を読むと、「逆らわずして勝つ」という嘉納の発想は、柔道の技術論であると同時に、激動する近代日本を生きるための処世訓でもあったことが見えてくる。柔道の根っこにある思想を知りたい読者にとって、最良の入り口になるだろう。
古賀稔彦―世界を獲った男、その生き方
著:古賀稔彦

平成の三四郎が語る、勝負の哲学
1992年バルセロナ五輪、男子柔道71kg級。試合直前に左ひざ靭帯を損傷した古賀稔彦が、それでも畳に上がり、一本背負いで金メダルをもぎ取った。あの試合をリアルタイムで見た世代にとって、忘れられない夏である。
本書は、その古賀稔彦自身が綴る、勝負の哲学と柔道人生の自伝的エッセイだ。佐賀県みやき町の千栗八幡宮にある百四十六段の石段を毎日駆け上がっていた幼少期。中学一年で上京して入った柔道私塾・講道学舎で過ごした充実の日々。日体大時代に「平成の三四郎」と呼ばれて世界選手権を制したこと。そして、ケガを抱えてのバルセロナと、銀メダルに終わったアトランタ。
「ケガはピンチでなく最大のチャンス」「勝つために自分で考え、自分で決める」「限界を超えたとき、新しい自分に出会える」――章ごとに置かれた言葉は、決して気休めの自己啓発ではなく、極限の競技人生を生き抜いた男の実感そのものだ。引退後は谷本歩実をアテネ五輪の金メダルに導き、2021年に53歳の若さで急逝した。生涯を通じて柔道の本質を問い続けた人の声が、ページの向こうから聞こえてくる。
柔の道 斉藤仁さんのこと
著:山下泰裕/講談社

早すぎる別れの先に残された、十人の証言
ロサンゼルス、ソウルと二大会連続でオリンピック金メダルを獲得した斉藤仁。山下泰裕をして「私にとって最大にして最高のライバル」と言わしめた男は、2015年、54歳の若さでこの世を去った。
本書は山下泰裕の編で、斉藤仁と縁の深かった十人が、それぞれの視点から斉藤の人物像を語る追悼集である。山下自身、講道館長の上村春樹、柔道日本代表監督の井上康生、国士舘大学柔道部監督の鈴木桂治、そして斉藤の妻・三恵子と、長男・一郎、次男・立。語り手たちの言葉は素朴で、それゆえに胸に届く。
格闘技の本でありながら、これは家族と仲間の本でもある。一人の柔道家が遺したものが、どれだけ多くの人に受け継がれているか。「次の五輪も一緒に見守ろう」「あなたの道の続きを歩んでいく」――章タイトルとして掲げられた言葉の一つ一つが、すでに鎮魂歌になっている。柔道は強さを競う競技だが、強さの先に何を残せるのか。本書はその問いに、十人それぞれの答えで応えている。

