面(めん)、小手、胴、突き。剣道の技はシンプルだ。だけど、そのたった数種類の打突に、人はこれほどまでに心を揺さぶられる。
防具の奥から相手の目を見据える緊張、一瞬の踏み込みに賭けるすべて、勝っても負けても残る「何か」。剣道には、他のスポーツとは少し違う、内面との対話がある。それは小説という形式ととても相性がいい。
この記事では、剣道を正面から描いた小説を8作品紹介する。小学生から大学生まで、主人公の年代もさまざまだ。芥川賞受賞の純文学から、一気読み必至の青春エンタメまで。竹刀を握ったことがある人も、道場の敷居をまたいだことがない人も、きっと何か響く一冊が見つかるはずだ。
武士道シックスティーン
著者:誉田哲也 出版社:文藝春秋(文春文庫) シリーズ:『武士道シックスティーン』『武士道セブンティーン』『武士道エイティーン』『武士道ジェネレーション』全4巻

剛と柔、ふたりの少女が竹刀で語り合う3年間
3歳から剣一筋で生きてきたエリート剣士・磯山香織と、日本舞踊からの転身で剣道を始めた天然系・西荻早苗。中学最後の大会で香織が早苗に敗れたことから、ふたりの物語は動き出す。
勝利だけを追い求める香織と、楽しむことを大切にする早苗。性格も剣道観も正反対のふたりが、同じ高校の剣道部で3年間をともに過ごす。章ごとに香織と早苗の視点が交互に切り替わる構成で、同じ出来事がまるで違って見える面白さがある。
誉田哲也といえば『ストロベリーナイト』のような硬質なミステリのイメージが強いかもしれないが、この武士道シリーズは笑って泣けるまっすぐな青春小説だ。映画化もされた本作は、剣道小説の入門としてまず手に取ってほしい一冊。シリーズを通して、ふたりの関係と剣道観がどう変わっていくのか、最後まで見届けたくなる。
「武士道シックスティーン」の関連テーマ
ひかりの剣
著者:海堂尊 出版社:文藝春秋(文春文庫)

メスの代わりに竹刀を握った医学生たちの、熱すぎる青春
1988年、バブルの時代。医学部の剣道大会で覇権を争うふたりの男がいた。桜宮・東城大の「猛虎」速水晃一と、帝華大の「臥龍」清川吾郎。優勝校に贈られる「医鷲旗」を手にした者は外科の世界で大成する――そんな言い伝えのもと、ふたりは鎬を削る。
『チーム・バチスタの栄光』で知られる海堂尊が、シリーズの登場人物たちの学生時代を描いたスピンオフ的な一作。だが、バチスタシリーズを読んでいなくても十分に楽しめる。海堂尊自身が大学時代に剣道部に所属していた経験が活きていて、試合の緊迫感にはリアリティがある。
医学生という特殊な環境の中で、将来の方向性に悩みながらも剣に打ち込む若者たちの姿が眩しい。やがて外科医として人の命を預かることになる彼らが、この時代に竹刀で学んだものは何だったのか。読み終えたあと、そんなことを考えたくなる。
九月の空
著者:高橋三千綱 出版社:KADOKAWA(角川文庫) ※『五月の傾斜』『九月の空』『二月の行方』の3編を収録

竹刀を握る15歳の、揺れて止まない日々
1978年に芥川賞を受賞した、剣道文学の古典ともいえる一作。高校1年生の小林勇は剣道部に所属し、日々の稽古に打ち込んでいる。だがその心は、剣道への情熱だけでは満たされない。異性への意識、家族の経済的な不安、将来への漠然とした焦り――15歳の少年の内面が、歯切れのよい文体で綴られていく。
この小説の魅力は、剣道の爽やかさと青春の泥臭さが同居しているところにある。勇はどれだけ稽古に励んでも、他校には常に自分より強い選手がいる。努力が結果に直結しないもどかしさを、物語は美化せずに描く。そこにこそ、剣道という武道を通じた青春のリアルがある。
刊行は1978年だが、部活に打ち込みながらも心のどこかで別の何かを求めてしまう少年の姿は、今読んでも古びない。純文学として格調が高いが、決して読みにくくはない。
君が描く空 帝都芸大剣道部
著者:里見蘭 出版社:中央公論新社(中公文庫) ※『藍のエチュード』をもとにした改題版

絵筆と竹刀を持ち替えて、それでも「美しさ」を追いかける
芸術家の卵が集う帝都藝術大学の剣道部。主将の壮介のもとに、金髪の天才画家・唯が突然やってくる。「半年で初段を取りたい」という唯の真意は何なのか。画家や音楽家といった個性的なメンバーが竹刀を握る、ちょっと変わった剣道部の日常が始まる。
芸術と武道、一見かけ離れたふたつの世界を重ね合わせたところに、この小説の独自の輝きがある。道を極めていくという点では、絵筆も竹刀も同じなのかもしれない。著者の里見蘭は剣道三段の腕前を持ち、試合や稽古のシーンには実感がこもっている。
笑えて、切なくて、青春のすべてが詰まっている。キャラクターひとりひとりが愛おしく、ページをめくる手が止まらない。剣道経験者はもちろん楽しめるが、芸術や創作に心を寄せている人にもぜひ読んでほしい。
かまえ! ぼくたち剣士会
著者:向井湘吾 出版社:ポプラ社

論理で挑む、不器用な剣士たちの団体戦
論理的な思考を武器に、個性的な仲間たちと剣道に向き合う。個性も悩みもバラバラな7人のメンバーが剣士会として結束していく物語だ。
著者の向井湘吾は東京大学の体育会剣道部出身で、剣道五段の実力者。数学オリンピック出場歴もあるという異色の経歴で、作品には「考える剣道」の面白さが色濃く表れている。力任せではなく、観察と分析と工夫で強敵に立ち向かっていく展開は、読んでいて知的な興奮がある。
続編に『ショダチ! 藤沢神明高校 でこぼこ剣士会』があり、高校に進んだメンバーたちの戦いが描かれる。ひとりでは勝てなくても、仲間がいれば戦える。団体戦の醍醐味が詰まった作品だ。
ややの一本 剣道まっしぐら!
著者:八槻綾介 出版社:ポプラ社(ノベルズ・エクスプレス) 第11回ポプラズッコケ文学新人賞 大賞受賞作

正しく、強く。まっすぐな少女が仲間を巻き込んでいく
中学1年生の國竹ややは、長年通っていた道場がなくなったことで剣道のない日々を過ごしていた。亡き師の教え「正しく強い剣道」を実践できる場を求めて、自ら剣道部を立ち上げることを決意する。だが仲間集め、顧問探し、稽古場の確保と、壁は次々にやってくる。
ややの最大の武器は、その圧倒的な行動力だ。無鉄砲で、ときに周囲を巻き込みすぎるけれど、その真っ直ぐさに人は動かされる。集まった仲間たちもそれぞれに事情を抱えていて、剣道を通じて少しずつ変わっていく。
「正しくあるのは難しい。だから仲間が必要なんだ」という言葉が、物語の核にある。勝ち負けだけではない、剣道が教えてくれるもの。それを体当たりで掴みにいく、エネルギーに満ちた一冊だ。
まっしょうめん!
著者:あさだりん 出版社:偕成社(偕成社ノベルフリーク) シリーズ既刊:『まっしょうめん!』『小手までの距離』『胴を打つ勇気』『木刀の重み』『心をのこす』

はじめて防具をつけた日の、あの重さと緊張を覚えていますか
海外赴任中の父親が「うちの娘はサムライです」と言ってしまったせいで、武道をしている写真を送らなければならなくなった成美。練習日の少なさで剣道を選び、写真だけ撮ったら辞めるつもりだった。ところが道場の仲間や監督と出会ううちに、剣道そのものに惹かれていく。
この作品の最大の魅力は、剣道初心者の目線で描かれる臨場感だ。はじめて防具をつけたときの重さ、面をかぶると狭まる視界、打ち込まれたときの衝撃。経験者なら「そうそう」と頷き、未経験者なら追体験できる描写が丁寧に積み重ねられている。
著者のあさだりんは、2巻目を読んだ剣道の先生に「ここから先を書くには自分でも剣道を始めなければ」と言われ、実際に習い始めたというエピソードがある。物語と一緒に著者も成長していく、そんな温かさを持ったシリーズだ。
流星と稲妻
著者:落合由佳 出版社:講談社

体格も性格も正反対のふたりが、竹刀を交えて見つけたもの
熊のような巨体の小学6年生・善太は、クラスに転校してきた小柄でおどおどした宝に、授業中の模範試合であざやかな「抜き胴」を決められてしまう。クラスでは「根性なしとビビり」とからかわれている善太と宝が、剣を交えるうちに互いをかけがえのないライバルとして意識するようになっていく。
スポーツ小説の王道ともいえる「ライバルとの切磋琢磨」を正面から描いた作品だ。善太と宝、交互に描かれるふたりの視点を通して、防具の向こうにいる相手のことが少しずつ見えてくる。
著者の落合由佳は講談社児童文学新人賞出身で、『マイナス・ヒーロー』でデビュー。バドミントンに続いて剣道を題材に選んだ本作は、小学生のリアルな息づかいが防具越しに聞こえてくるような一冊だ。


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