どんな映画にも、山崎努がいるだけで画面の空気が変わる瞬間がある。
派手に叫ばなくても、大げさに泣かなくても、この人がスクリーンに映るだけで物語の温度が一段変わる。黒澤明、伊丹十三、滝田洋二郎、沖田修一――時代も監督も作風もまったく異なる名匠たちが、こぞって山崎努を呼んだ。それは、この俳優が「役を演じる」のではなく、「役として存在する」ことのできる稀有な人だからだろう。
狂気も、ユーモアも、静寂も、哀しみも。すべてを同じ体の中に収めて、必要な瞬間にだけそっと差し出す。そんな山崎努の出演映画の中から、ぜひ観てほしい10本を紹介したい。
天国と地獄
公開年: 1963年 監督: 黒澤明 出演: 三船敏郎、山崎努、仲代達矢、香川京子 配給: 東宝

高台の豪邸と、地獄のような安アパートの間に横たわる深い闘い
製靴会社の専務・権藤の息子と間違えて、運転手の子どもが誘拐される。権藤は全財産をかけて身代金を払うのか――。前半の密室劇と、後半の追跡劇で構成が一変する黒澤明の傑作サスペンスだ。
山崎努は誘拐犯の青年・竹内を演じ、この作品で一躍注目を浴びた。貧困の底から富裕層を見上げる暗い炎のような眼差しが、映画にただならぬ緊張感を与えている。三船敏郎との対峙シーンは日本映画史に残る名場面。若き日の山崎努の凄みを目撃できる一本だ。
「天国と地獄」の関連テーマ
八つ墓村
公開年: 1977年 監督: 野村芳太郎 出演: 萩原健一、渥美清、山崎努、小川真由美 配給: 松竹

夜桜の下を駆ける殺人鬼、あの恐怖は一度見たら忘れられない
横溝正史原作の金田一耕助シリーズの中でも、異色のオカルト路線で知られる一作。戦国時代の落武者の怨念が現代にまで及ぶ、因縁と呪いの物語だ。
山崎努が演じるのは、多治見家の当主・要蔵。頭にL字型のライトを二本つけ、日本刀と猟銃を手に夜桜の中を疾走して村人を次々と殺害するシーンは、日本映画史上屈指のトラウマ映像として語り継がれている。出番は決して多くないのに、映画全体の恐怖の象徴になってしまう。山崎努の「存在の強さ」がいかに規格外か、この作品を観れば一発でわかる。
影武者
公開年: 1980年 監督: 黒澤明 出演: 仲代達矢、山崎努、隆大介、大滝秀治 配給: 東宝

死んだ兄の影を生きる男の、静かな覚悟
武田信玄の突然の死。その事実を隠すために、信玄の弟・信廉は影武者の運用を担い、武田家の存亡をかけた戦いに身を投じる。黒澤明がカンヌでパルムドールを受賞した歴史大作だ。
山崎努は信玄の弟・武田信廉を演じている。亡き兄のカリスマに翻弄されながらも、家を守ろうとする信廉の複雑な内面を、山崎は抑制の効いた演技で表現した。この演技でキネマ旬報助演男優賞を受賞。黒澤映画という巨大な器の中で、しっかりと自分の存在を刻み込んでいる。
「影武者」の関連テーマ
お葬式
公開年: 1984年 監督: 伊丹十三 出演: 山崎努、宮本信子、菅井きん、財津一郎 配給: ATG / ニュー・センチュリー・プロデューサーズ

人は葬式のやり方すら知らないまま、大人になる
義父の突然の訃報。初めて喪主を務めることになった俳優の佗助は、戸惑いながらも周囲の助けを借りて葬儀を進めていく。伊丹十三の記念すべき監督デビュー作にして、日本映画に新しい笑いの風を吹き込んだ一本だ。
山崎努は主人公の佗助を演じ、冠婚葬祭という日本人の日常の裏側をユーモラスに体現してみせた。何もかもが初めての喪主の滑稽さと哀しみを、山崎は絶妙な匙加減で演じている。伊丹十三との黄金コンビはここから始まった。
タンポポ
公開年: 1985年 監督: 伊丹十三 出演: 山崎努、宮本信子、役所広司、渡辺謙 配給: 東宝

カウボーイハットの運転手が、ラーメン屋の未来を変える
寂れたラーメン屋に立ち寄ったタンクローリーの運転手・ゴロー。未亡人の店主タンポポと出会い、町一番のラーメン屋にするべく奮闘する。マカロニ・ウェスタンならぬ「ラーメン・ウェスタン」だ。
山崎努はカウボーイハットをかぶったゴロー役で、豪快さと色気を兼ね備えた主人公を見事に体現している。メインストーリーの合間に差し込まれる「食と欲望」にまつわる奇想天外なエピソードの数々も圧巻。観終わったあと、とにかくラーメンが食べたくなる。伊丹十三と山崎努のコンビが生んだ最高のエンターテインメントだ。
マルサの女
公開年: 1987年 監督: 伊丹十三 出演: 宮本信子、山崎努、津川雅彦、大地康雄 配給: 東宝

脱税の天才と、国税の鬼が繰り広げる知的バトル
国税局査察部(通称マルサ)の女性査察官・板倉亮子と、巧みに脱税を企むラブホテル経営者・権藤の攻防を描いた伊丹十三の代表作。社会派でありながら、抜群のエンターテインメント性を持つ痛快な一本だ。
山崎努は脱税の達人・権藤を演じ、悪知恵と愛嬌を併せ持つ強烈なキャラクターを作り上げた。宮本信子演じる板倉との丁々発止のやりとりは、まさに知的格闘技。悪役なのに、どこか憎めない。それは山崎努という俳優が持つ人間的な厚みのなせる業だ。日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した名作である。
利休
公開年: 1989年 監督: 勅使河原宏 出演: 三國連太郎、山崎努、三田佳子、岸田今日子 配給: 松竹

美を貫いた茶人と、権力に溺れた天下人の静かな戦い
安土桃山時代。美と知の体現者・千利休と、絶大な権力を握りながらも利休への羨望と嫉妬を抱く豊臣秀吉。二人の対照的な男の確執を、華道・草月流の家元でもある勅使河原宏監督が美しく描いた。
山崎努が演じるのは秀吉。粗野でありながら、利休の美意識に心を奪われてもいる複雑な天下人を、やや大げさとも言える堂々たる演技で表現している。三國連太郎の静謐な利休との対比が見事で、権力と美の相克という普遍的なテーマが浮かび上がる。モントリオール映画祭で芸術貢献賞を受賞した格調高い一本だ。
刑務所の中
公開年: 2002年 監督: 崔洋一 出演: 山崎努、香川照之、田口トモロヲ、松重豊 配給: 日活

塀の中にも、小さな喜びは確かにある
漫画家・花輪和一の実体験に基づくエッセイを映画化。鉄砲刀剣類不法所持で投獄された主人公が、厳しい規則に縛られながらも、同室の個性的な受刑者たちと独特の日常を過ごしていく。
山崎努はこの「何も起こらない」映画の中で、とぼけた味わいを存分に発揮している。正月のおせち料理に目を輝かせたり、消しゴムを落として困ったり。些細な出来事に一喜一憂する受刑者たちの姿が、不思議と愛おしい。刑務所という特殊な空間を舞台にしながら、「人間が生きること」の本質をユーモラスに描いた佳作だ。
おくりびと
公開年: 2008年 監督: 滝田洋二郎 出演: 本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子 配給: 松竹

死者を送ることは、生きることを肯定すること
失業したチェロ奏者の大悟が、ひょんなことから納棺師の仕事に就くことになる。偏見の目にさらされながらも、死者を美しく送り出す仕事に誇りを見出していく物語だ。アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、世界中で絶賛された。
山崎努は納棺師の師匠・佐々木を演じている。多くを語らず、背中で大悟に仕事の意味を教える。丁寧に、しかし淡々と死者を見送るその所作には、人間への深い敬意がにじむ。特に石文のエピソードは、山崎努の静かな演技があってこそ心に残る名場面となった。
長いお別れ
公開年: 2019年 監督: 中野量太 出演: 山崎努、蒼井優、竹内結子、松原智恵子 配給: アスミック・エース

忘れていく父と、思い出していく家族の7年間
元中学校長の昇平が認知症と診断された。日に日に記憶を失い、やがて父でも夫でもなくなっていく昇平。けれど、家族の誰もが忘れていた思い出が、昇平の中にはまだ息づいていた――。中島京子の同名小説を映画化した家族ドラマだ。
山崎努は認知症の進行をリアルに、しかしチャーミングさを決して失わずに演じきった。怒り、戸惑い、そしてふとした瞬間に見せるかつての父の面影。言葉がなくなっても、その表情だけで家族への愛が伝わってくる。蒼井優、竹内結子、松原智恵子という共演陣との化学反応も素晴らしい。山崎努の円熟を堪能できる、あたたかく、切ない傑作だ。
スクリーンに刻まれた、消えない存在感
山崎努の映画を通して観ると、一人の俳優がいかに多様な顔を持てるかに驚かされる。冷酷な誘拐犯から、ラーメン好きの流れ者、脱税の天才、そして記憶を失っていく父親まで。それぞれの役柄はまったく異なるのに、どの作品にも「山崎努でなければ成立しなかった」と思わせる説得力がある。
特別な技巧を見せびらかすわけではない。ただ、そこにいる。その「いる」ことの重みが、画面全体に広がっていく。60年以上にわたるキャリアの中で、山崎努が残してきた物語たちは、いまもスクリーンの向こうで息をしている。まだ観ていない作品があるなら、ぜひ手を伸ばしてみてほしい。きっと、新しい「山崎努」に出会えるはずだ。

