1970年代の映画を語るとき、内省的なニューハリウッドの傑作群とは別の流れで、もうひとつの大きな潮流があった。観客を椅子に縛りつけ、心臓を高鳴らせ、劇場の暗闇で歓声をあげさせる、純粋な娯楽としての映画である。刑事アクションが新しいタフな主人公像を作り、パニック映画が群像劇という形を発明し、SFが映画の表現の限界を押し広げ、そしてホラーが新しいジャンルそのものを生み出した。
なお、1970年代SF・ホラーを語るうえで欠かせない『ジョーズ』『エイリアン』『エクソシスト』などは名作編で紹介済みのため、本記事では別の作品に焦点を当てる。それでもなお11本選び切れるあたり、この時代の娯楽映画の層の厚みがよくわかる。
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ダーティハリー(1971)
監督:ドン・シーゲル/脚本:ハリー・ジュリアン・フィンク、R・M・フィンク、ディーン・リーズナー/音楽:ラロ・シフリン/出演:クリント・イーストウッド、アンディ・ロビンソン、ハリー・ガーディノ/配給:ワーナー・ブラザース映画

規則よりも、自分のマグナムを信じる男
サンフランシスコ市警殺人課のハリー・キャラハン刑事は、職務遂行のためなら規則も人権も平気で踏み越える。連続無差別狙撃犯「さそり座の男」を追う彼の手段は、世間が言うところの正義からは大きく外れている。だが、犯人もまた一線を越えた狂気の側にいる。
S&W M29マグナム44を構えるイーストウッドの立ち姿は、それだけで映画史のアイコンになった。「俺の銃は世界一強力だ。お前は運がいいと思うか?」と凶悪犯に問いかける場面は、その後のあらゆるアクション映画に影響を与えている。「さそり座の男」はゾディアック事件から強い影響を受けたキャラクターとされ、当時のアメリカ社会が抱えていた不安と怒りが、ハリーという人物に凝縮されている。法と暴力のあいだに立つアウトロー警官という像は、ここから始まった。
フレンチ・コネクション(1971)
監督:ウィリアム・フリードキン/脚本:アーネスト・タイディマン/原作:ロビン・ムーア/出演:ジーン・ハックマン、ロイ・シャイダー、フェルナンド・レイ/配給:20世紀フォックス/第44回アカデミー賞作品賞・監督賞・主演男優賞・脚色賞・編集賞受賞

地を這うように犯人を追う、刑事の執念
ニューヨーク市警の麻薬捜査官「ポパイ」ことジミー・ドイル刑事と相棒のクラウディは、街角のチンピラを尋問していて大きな麻薬ルートの存在に勘づく。マルセイユからフランス人実業家シャルニエが大量のヘロインを密輸しようとしているのだ。優雅なシャルニエと、汚れ仕事を厭わないドイルの対比。実在の事件をベースにした物語が、ドキュメンタリーのような生々しさで展開していく。
高架鉄道を頭上に走らせながら追跡するカーチェイスは、許可のないゲリラ撮影で撮られたとされる伝説の場面である。フリードキンは『エクソシスト』の2年前にすでに、この種の即物的な迫力をスクリーンに焼きつけていた。ジーン・ハックマンのくたびれたポークパイハットと冷えたピザの背後で、刑事という仕事の地味さと過酷さが画面から滲み出してくる。
ポセイドン・アドベンチャー(1972)
監督:ロナルド・ニーム/製作:アーウィン・アレン/原作:ポール・ギャリコ/音楽:ジョン・ウィリアムズ/出演:ジーン・ハックマン、アーネスト・ボーグナイン、シェリー・ウィンタース、レッド・バトンズ/配給:20世紀フォックス/第45回アカデミー賞歌曲賞・特別業績賞受賞

天地がひっくり返った船で、人は上を目指す
大晦日の夜、ニューヨークからギリシャへ向かう豪華客船ポセイドン号が、巨大な津波に襲われて転覆する。船は完全に上下逆さまになり、生き残った乗客たちは脱出のため、いまや天井になった船底を目指して登っていく。先導するのはフランク・スコット牧師。一行には元刑事、引退間近の警官夫妻、独り身の老女、子供を連れた女性などが加わっていく。
パニック映画というジャンルを確立した一本である。豪華スターをずらりと並べ、それぞれにバックストーリーを与え、誰が生き残り誰が死ぬのか観客に予想させる。この構造は『タワーリング・インフェルノ』をはじめ後続作品の雛形になった。逆さまになったクリスマスツリーをよじ登るシーンの心理的な怖さ、そしてシェリー・ウィンタース演じる元水泳選手の老婦人が水中で見せる名場面。災害ものを観るときの胸の高鳴りの原型が、ここにある。
燃えよドラゴン(1973)
監督:ロバート・クローズ/音楽:ラロ・シフリン/出演:ブルース・リー、ジョン・サクソン、ジム・ケリー、シー・キエン/配給:ワーナー・ブラザース映画/香港・アメリカ合作

考えるな、感じろ
少林寺で修行を積んだリーは、英国情報部から依頼を受け、麻薬王ハンが主催する離島の武術トーナメントに潜入する。表向きは格闘大会、裏では麻薬と人身売買の温床である島で、リーは妹を死に追いやったハンの手下と対峙していく。
ブルース・リーが公開直前にこの世を去ったという事実が、本作を二重三重の伝説にしてしまった。鏡の間での最終決戦、ヌンチャクの音、肉体と精神の限界を超えた身のこなし。「Don’t think, feel.」という台詞は、半世紀経った今もどこかで誰かが引用している。本作以後、世界はカンフーという身体表現を知り、香港映画への扉が一気に開いた。サモ・ハン・キンポーやジャッキー・チェンが端役として映っているのも、後から知ると味わい深い。アクション映画とは肉体の詩でもあるのだと、リーは32年の生涯で証明してみせた。
タワーリング・インフェルノ(1974)
監督:ジョン・ギラーミン/製作:アーウィン・アレン/脚本:スターリング・シリファント/音楽:ジョン・ウィリアムズ/出演:ポール・ニューマン、スティーヴ・マックィーン、ウィリアム・ホールデン、フェイ・ダナウェイ、フレッド・アステア/配給:ワーナー・ブラザース映画/20世紀フォックス映画/第47回アカデミー賞撮影賞・編集賞・歌曲賞受賞

138階建ての高層ビルが、火葬場と化す夜
サンフランシスコにそびえ立つ世界最高層のグラス・タワー、その落成パーティの夜。設計士のロバーツは、建物の電気系統に手抜きの規格外品が使われていることに気づく。下層階で発生した小さな火災は、やがてビル全体を呑み込む炎の地獄となり、最上階のパーティ会場には数百人が閉じ込められる。
ポール・ニューマンとスティーヴ・マックィーンという当時のスーパースター2人の名前が、宣伝ポスターでどちらが上に来るかで揉めたという逸話まで残っている。フレッド・アステアやウィリアム・ホールデンといった大物が脇を固め、165分の長尺をまったく飽きさせない。火、煙、爆発、そして人間の欲望と勇気。パニック映画の頂点と称される本作の見せ場は、CG以前の時代に本物の炎と本物のスタントで撮られている。だからこそ熱が伝わってくる。
キャリー(1976)
監督:ブライアン・デ・パルマ/原作:スティーヴン・キング/脚本:ローレンス・D・コーエン/音楽:ピノ・ドナジオ/出演:シシー・スペイセク、パイパー・ローリー、エイミー・アーヴィング、ジョン・トラヴォルタ/配給:ユナイテッド・アーティスツ/1977年アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞

血まみれのプロムドレスは、もう誰にも忘れられない
クラスでいつもいじめられている内気な高校生キャリー。狂信的なキリスト教徒の母親に育てられた彼女は、初潮を機に自分のなかに眠っていた念動力に気づく。やがてプロムの夜、彼女は人気者の男子から誘われ、生涯で初めての幸福な夜を迎える。だが、その舞台では悪意ある仕掛けが用意されていた。
スティーヴン・キングの処女作を、デ・パルマがほぼ完璧な形で映像化した。本作以降、キング作品の映画化は何十本と作られていくが、原作者スティーヴン・キング自身も高く評価している映画化作品として知られる。シシー・スペイセクが演じる、世界から疎外された少女の繊細さと爆発。母親役パイパー・ローリーの怪演。そしてあのラストショット。観た者のトラウマになる青春ホラーとして、半世紀経っても色褪せない。ジョン・トラヴォルタが嫌な男子役で出ているのも見逃せない。
007 私を愛したスパイ(1977)
監督:ルイス・ギルバート/脚本:クリストファー・ウッド、リチャード・メイボーム/音楽:マーヴィン・ハムリッシュ/主題歌:カーリー・サイモン「Nobody Does It Better」/出演:ロジャー・ムーア、バーバラ・バック、クルト・ユルゲンス、リチャード・キール/配給:ユナイテッド・アーティスツ/イギリス・アメリカ合作

スキージャンプの先に、ユニオンジャックが咲く
イギリスとソ連、双方の原子力潜水艦が次々と消息を絶つ。MI6の007ことジェームズ・ボンドはエジプトへ向かい、同じ目的で派遣されたKGBの女スパイ・アニヤ少佐と出会う。事件の黒幕は、海上要塞アトランティスに住む海運王ストロンバーグだった。鋼鉄の歯を持つ巨漢の殺し屋ジョーズが二人の前に立ちはだかる。
007シリーズ第10作にして、ロジャー・ムーア主演作のなかでも特に評価が高い一本である。冒頭のスキー追跡からのジャンプ、雪と空とユニオンジャックのパラシュート。あの瞬間、観客は一斉に息を呑む。水中走行するロータス・エスプリ、ピラミッドを背景にしたスパイ同士の駆け引き、そしてカーリー・サイモンが歌う主題歌。ボンド映画が観光映画でもありガジェット映画でもあり恋愛映画でもあることを、本作はもっとも華やかな形で証明してみせた。
未知との遭遇(1977)
監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ/音楽:ジョン・ウィリアムズ/視覚効果:ダグラス・トランブル/出演:リチャード・ドレイファス、フランソワ・トリュフォー、テリー・ガー、メリンダ・ディロン/配給:コロムビア映画

5つの音と光で、人類は宇宙と会話する
インディアナ州で停電を調査していた電気技師ロイは、夜空で奇妙な光と遭遇する。その瞬間から、彼の頭の中にはある「形」が浮かびはじめる。同じ時期、世界各地では砂漠に消えた戦闘機の発見、子供のさらわれた家族など、説明のつかない事象が次々と起きていた。やがて全員が、ワイオミング州のデビルズ・タワーへと導かれていく。
スピルバーグが『ジョーズ』のあと、自身の単独脚本で挑んだSF叙事詩。エイリアンを敵としてではなく、人類が出会うべき何者かとして描いたこと自体が、それまでのSF映画への大きな転換点だった。クライマックスでマザーシップが降下し、5音のメロディで人類と異星人が「会話」を始めるあの場面。怖さや脅威ではなく、畏怖と感動でSFを語るやり方を、本作は世界に教えた。フランス映画の巨匠フランソワ・トリュフォーが、スピルバーグ作品に俳優として出演している点も、映画ファンにはたまらない見どころである。
スーパーマン(1978)
監督:リチャード・ドナー/脚本:マリオ・プーゾ、ロバート・ベントンほか/音楽:ジョン・ウィリアムズ/出演:クリストファー・リーヴ、マーゴット・キダー、マーロン・ブランド、ジーン・ハックマン/配給:ワーナー・ブラザース映画

あなたも、空を飛べる
滅亡寸前の惑星クリプトンから、赤子のうちに地球へ送り出されたカル・エル。彼はカンザスの農家ケント家に育てられ、やがて新聞記者クラーク・ケントとしてメトロポリスに現れる。その正体は、地球の太陽の力を吸収して超人的な能力を発揮する存在、スーパーマンだった。
「You’ll Believe a Man Can Fly.」のキャッチコピーが嘘ではなかった。クリストファー・リーヴが演じたスーパーマンは、誠実で、強くて、そしてどこか恥ずかしがり屋。ヒーロー映画というジャンルの原点というだけでなく、その理想形のひとつでもある。マーロン・ブランドが父ジョー・エルを演じ、ジーン・ハックマンが敵レックス・ルーサーを楽しそうに演じる豪華さ。ジョン・ウィリアムズの勇壮なメインテーマが流れた瞬間、観客の心はもう空に浮かんでいる。
ゾンビ(1978)
監督・脚本・編集:ジョージ・A・ロメロ/製作・共同編集:ダリオ・アルジェント(ヨーロッパ公開版)/音楽:ゴブリン/特殊メイク:トム・サヴィーニ/出演:ケン・フォリー、スコット・H・ライニガー/配給:ユナイテッド・フィルム・ディストリビューション・カンパニー/アメリカ・イタリア合作

死者がショッピングモールを徘徊する、消費社会の悪夢
謎の現象で死者が蘇り、生者を襲い始める。フィラデルフィアのテレビ局スタッフのスティーブンと恋人のフラン、警官のロジャーとピーター。4人はヘリコプターで街を脱出し、郊外の巨大ショッピングモールに辿り着く。彼らはモールの入口を封鎖し、束の間の安全と豊かさの中で暮らし始めるが、やがてその楽園もまた終わりを迎える。
ロメロは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で生み出した「人を喰う死者」というジャンルの原型を、本作で完成させ、世界的なブームへと押し上げた。生前の習慣を引きずって買い物客のように歩き回るゾンビたちと、消費社会の中で麻痺している現代人。風刺と恐怖が完全に同居している。ダリオ・アルジェントが製作に関わり、彼の盟友ゴブリンが手がけた音楽の不穏さも忘れがたい。トム・サヴィーニによる特殊メイクは、本作以降のホラー映画の表現を一変させた。バイオハザードをはじめ、現在に至る多くのゾンビコンテンツは、本作と『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が作り上げた系譜の上にある。
マッドマックス(1979)
監督・脚本:ジョージ・ミラー/共同脚本:ジェームズ・マッカウスランド/製作:バイロン・ケネディ/音楽:ブライアン・メイ/出演:メル・ギブソン、ジョアン・サミュエル、ヒュー・キース・バーン/配給:ワーナー・ブラザース映画/オーストラリア

文明が終わったあとの荒野で、男はアクセルを踏み込む
石油資源が枯渇しはじめた近未来のオーストラリア。秩序が崩壊しつつある路上では、暴走族が我が物顔で人を轢き殺し、警察組織MFPはそれを追う日々を送っている。MFP最強の追跡者マックス・ロカタンスキーは、ある日同僚を暴走族トーカッターの一味に殺され、家族との休暇に出る。だが、平穏を奪われたマックスは、最後の戦士として一人車に乗り込む。
撮影予算約40万豪ドルという低予算でありながら、世界興行収入で記録的なヒットを叩き出した怪作である。医学生だったジョージ・ミラーが救急車で見てきた本物の事故と血の記憶を、フィクションに焼き直した。荒野を爆走するV8インターセプター、本物のスタント、暴力のリアリティ。ハリウッドの外で、新しいアクションのスタンダードが誕生した瞬間である。メル・ギブソンの目の据わり方は、世界中の映画ファンの記憶に刻まれた。
