梅雨の時期に読みたい小説12選 雨音と一緒に物語へ沈み込む

梅雨の時期に読みたい小説
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窓を打つ雨の音、湿った空気、外に出る気力を奪う灰色の空。梅雨の時期は、どこか物憂げで、時間がゆっくり流れているように感じる。

けれど、こんな季節だからこそ味わえる読書の時間がある。雨音をBGMにページをめくる午後。閉じこもることが許される、特別な数週間。

今回は、雨そのものが印象的に描かれる作品を中心に、しっとりと心に沁みる小説を選んでみた。そして最後の二冊は、梅雨の鬱屈をふっと吹き飛ばしてくれる爽やかな物語。雨の日にこそ手に取りたい、12作品を紹介する。

目次

言の葉の庭

著者:新海誠 出版社:KADOKAWA/角川文庫

言の葉の庭

雨が降るたび、誰かを思い出す

靴職人を夢見る高校生・孝雄は、雨の朝になると学校をさぼり、新宿御苑の東屋で靴のスケッチを描く習慣があった。ある雨の日、彼はそこで謎めいた女性・雪野と出会う。年齢も立場も違うふたりが、雨の日にだけ同じ場所で会うようになっていく。

アニメーション映画の監督自らが手掛けた小説版。万葉集の和歌をモチーフに、雨の描写が幾重にも重なる。映像にはない心理の奥行きが言葉で丁寧に紡がれており、雨が降ることを心のどこかで願ってしまう孝雄の感情に深く入り込める。梅雨の終わりが、ふたりの季節の終わりでもあるという切なさが、長く尾を引く。

雨・赤毛

著者:サマセット・モーム 訳者:中野好夫 出版社:新潮文庫

雨・赤毛

雨が人を狂わせる、その瞬間を見届ける

南太平洋・サモアの港町パゴパゴ。検疫のため船を降ろされた人々が、雨季まっただ中の島に閉じ込められる。生真面目な宣教師、その妻、医師夫婦、そして奔放な娼婦。閉鎖空間で繰り広げられる人間ドラマを描いた表題作「雨」は、モーム短編の最高傑作のひとつ。

熱帯の雨は、しとしと降る日本の雨とはまったく違う。屋根を叩き、神経を削り、人の理性をじわじわと侵食していく。その雨に追い詰められた登場人物たちの姿が忘れがたい。同じ短編集に収められた「赤毛」も、南国の眩しさと人生の皮肉を描いた絶品だ。古典の名短編を、雨音に身を委ねながら読むという贅沢。

死神の精度

著者:伊坂幸太郎 出版社:文春文庫

死神の精度

死神が現れる場所には、必ず雨が降る

死神・千葉は、対象となる人間に7日間付き添い、その死を「可」とするか「見送り」とするかを判定する仕事をしている。彼が現れる場所には、なぜかいつも雨が降る。ミュージシャン志望の女性、ヤクザの抗争、悩める少女。6つの連作短編で、死神の不思議な視点から人間が描かれる。

伊坂幸太郎作品の中でも、しんみりと心に残る一冊。千葉のずれた言動が時に滑稽で、時に切ない。音楽が好きで、人間の生活を熱心に観察する死神という設定が絶妙で、ラストの余韻が長く続く。雨が降るたびに、どこかに千葉さんがいるかもしれないと思ってしまう。そんな物語。

雨に泣いてる

著者:真山仁 出版社:幻冬舎文庫

雨に泣いてる

雨は降り続け、それでも記者はペンを握る

2011年3月11日、東日本大震災発生。毎朝新聞社会部のベテラン記者・大嶽圭介は志願して被災地に向かう。彼を待っていたのは想像を絶する惨状と、取材中に行方不明となった新人記者の捜索という特命だった。やがて大嶽は、津波で亡くなった地元で慕われていた僧侶が、13年前の凶悪事件の指名手配犯だった可能性に行き当たる。

阪神淡路大震災で被災した経験を持つ著者が、ライフワークとして書き上げた重厚な一冊。冷たい雨が降り続ける被災地で、記者という職業の業と矜持が問われる。読みやすい筆致ながらテーマは深く、読み終えた後にじっくり考え込む時間が必要になる。梅雨の長い夜にこそ、向き合いたい物語。

蒼空時雨

著者:綾崎隼 出版社:メディアワークス文庫

蒼空時雨

雨上がりの空に、ひとすじの光を探す

雨の中の出会いから始まる、ある男女の物語。互いに秘密を抱えたふたりが、まるで雨宿りでもするかのように少しずつ過去を打ち明け合っていく。緻密に張り巡らされた伏線が、エピソードを重ねるごとに少しずつ姿を現していく。

切なさと美しさが同居する文体。しとしと降る雨そのもののような、ほんの少しの憂鬱と、雲の隙間から差す微かな光。読後に、雨宿りを終えて空を見上げたときのような、ふっと胸が軽くなる感覚が残る。綾崎隼の代表作として愛され続けている一冊で、毎年梅雨に読み返すという読者も多い。

静かな雨

著者:宮下奈都 出版社:文藝春秋

静かな雨

記憶がとどまらなくても、好きでいられるか

事故の後遺症で、新しい記憶が翌日には消えてしまう女性・こよみ。たい焼き屋を営む彼女と、足の不自由な大学院生・行助の、静かで穏やかな日々が綴られる。第98回文學界新人賞佳作入選、宮下奈都のデビュー作。

派手な事件は起こらない。ただ、ふたりの日常がしずかに流れていく。けれどその静けさの中に、人と人が一緒にいることの意味、記憶と愛情の関係が深く問われている。読み終えた後、雨上がりの澄んだ空気のような清潔感が残る。短い作品なので、雨の午後に一気に読めてしまうのも嬉しい。

雨の降る日は学校に行かない

著者:相沢沙呼 出版社:集英社文庫

雨の降る日は学校に行かない

保健室の窓から、灰色の空を見上げる

保健室登校をする中学生・ナツとサエ。彼女たちの平穏な日常は、サエが「自分のクラスに戻る」と言い出したことで揺らぎ始める。スクールカースト、いじめ、見た目への悩み、教室に居場所がないという感覚。学校生活に息苦しさを抱える女子中学生たちの内面を、6つの短編で繊細に描き出す連作集。

ミステリ作家として知られる相沢沙呼の、ジャンルを超えた一冊。中学生の心の機微が、痛いほどリアルに伝わってくる。輝かしい青春を送れなかった大人にこそ刺さる物語だ。仄暗い空気感が雨の日とよく似合い、ラストには雲間からそっと光が差すような優しさがある。

雨の中の涙のように

著者:遠田潤子 出版社:光文社

雨の中の涙のように

雨に溶けていく、罪も穢れも

人気アイドルから俳優に転身した堀尾葉介。彼が現れたのは、いつも雨の日だった。葉介と関わった人々は、知らぬうちに自分の人生を大きく変えられていく。元時代劇俳優、握手会に通う中年男、葉介を取材する記者。複数の視点から葉介という男の謎が浮かび上がる連作短編集。

重く暗い作品が多い遠田潤子作品の中では、比較的温かみのある一冊。各章に懐かしい映画がモチーフとして織り込まれており、その仕掛けも楽しい。第七章から物語の様相が一変し、最終章で明かされる葉介の人生の真実が圧巻だ。降り続く雨の中、登場人物たちの罪や哀しみが少しずつ浄化されていく感覚。長い梅雨にこそ味わいたい連作。

黄色い雨

著者:フリオ・リャマサーレス 訳者:木村榮一 出版社:河出文庫

黄色い雨

廃村にひとり、雨と記憶の中で

スペイン・ピレネー山中の廃村アイニェーリェ。最後の住人となった老人が、死を間近にした自らの記憶を語る。妻、息子、村を去っていった人々、そして黄色い落ち葉のような雨。現実と幻想が溶け合う独白形式の幻想譚。

スペイン語圏で高く評価される現代文学の名作。リャマサーレスの文体は詩のように美しく、廃村という極限の孤独の中で、雨や落ち葉、記憶の断片が静かに降り積もっていく。河出文庫版は表題作に加えて短篇「遮断機のない踏切」「不滅の小説」を収録した一冊で、表題作だけでも濃密な読後感が残る。物語に身を浸す、という言葉が文字通り当てはまる作品。雨音とともに、別の世界へ連れて行かれる。

龍神の雨

著者:道尾秀介 出版社:新潮文庫

龍神の雨

すべては雨のせいだった

血のつながらない親と暮らす二組の兄妹・兄弟。添木田蓮と楓は事故で母を失い、暴力的な継父と暮らしている。溝田辰也と圭介の兄弟は両親を亡くし、継母と生活していた。それぞれが秘密と疑念を抱える中、台風が街に降らせ続けた雨が、4人の運命を交錯させていく。第12回大藪春彦賞受賞作。

全編を通して雨が降り続ける、まさに梅雨にこそ読みたいミステリ。道尾秀介の真骨頂である叙述の妙が冴え渡り、読み進めるほどに見えていた景色が反転していく。重く暗い物語だが、ラストにはわずかな光が差す。降り続く雨が物語の不穏さを増幅させる構成が見事で、湿った空気を伴って読み手に迫ってくる。解説まで含めて一作品と言える完成度。

ルーズヴェルト・ゲーム

著者:池井戸潤 出版社:講談社文庫

ルーズヴェルト・ゲーム

8対7の逆転劇に、心が晴れる

業績不振の中堅精密機器メーカー・青島製作所。廃部寸前まで追い込まれた社会人野球部と、ライバル企業からの攻勢に晒される経営という、ふたつの戦いが同時進行する。野球と経営、それぞれの場で繰り広げられる逆転劇を、池井戸潤らしい熱量で描いた一冊。

ここからは梅雨の鬱屈を吹き飛ばす爽やか系。ルーズヴェルト・ゲームとは、ルーズヴェルト大統領が「最も面白い試合」と評した8対7の試合のこと。点を取り、取られ、また取り返す。経営の場面でも追い詰められては反撃する。読み終えた頃には、雨の日でも心の中だけは晴れている。仕事に疲れた大人にこそ、爽快感が沁みる物語。

そして、バトンは渡された

著者:瀬尾まいこ 出版社:文春文庫

そして、バトンは渡された

私には父が三人、母がふたりいる

17歳の優子は、これまでに4回苗字が変わった。実母を亡くし、父との別れ、継母との出会いと別れ、そして現在は20歳しか年の離れていない継父・森宮さんと暮らしている。そう書くと壮絶に聞こえるが、優子はいつも家族から愛情をたっぷり注がれてきた。2019年本屋大賞受賞作。

血の繋がりではなく、注がれた愛情で家族になっていく物語。優子と森宮さんの食卓の場面、特にオムレツや唐揚げにまつわる会話が温かくて、読んでいるこちらまで満たされる。複雑な家庭環境を扱いながら、ここまで爽やかで幸福な読後感を残す小説は珍しい。梅雨の終わり、晴れ間が見えた日に読みたい一冊として。

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