読み終えたあと、しばらく椅子から立ち上がれない。胸の奥がざわざわして、なんとも言えない居心地の悪さが残る。でも、ページを繰る手は止められなかった。そんな経験をしたことはないだろうか。
「イヤミス」という言葉は日本独自の呼び方だが、海外ミステリにもこの感覚にぴたりと合う作品がたくさんある。読後に嫌な気分が残る、人間の暗部をえぐる、善悪の境界が曖昧になる、被害者と加害者が反転する。そういった物語には、爽快なカタルシスとは別の、深い余韻がある。
この記事では、海外ミステリの中から「イヤミス」「ダークサスペンス」と呼ぶにふさわしい10作品を選んだ。古典的名作から2010年代の話題作まで、読後にあなたの世界の見え方を少しだけ変えてしまうかもしれない物語たちだ。
ゴーン・ガール
著者:ギリアン・フリン 訳者:中谷友紀子 / 出版社:小学館(小学館文庫)上下巻

完璧な夫婦の裏側に潜む、完璧な悪意
結婚5周年の記念日、妻のエイミーが忽然と姿を消す。家には争った形跡があり、夫のニックに容疑がかけられていく。ニックが語る現在の物語と、エイミーの日記が交互に挿入される構成。ふたつの視点が噛み合わないまま進んでいき、やがて下巻の冒頭で物語の地面がごっそりと崩れ落ちる。
この小説が怖いのは、殺人や暴力そのものではない。夫婦という関係のなかで、相手をどこまで知っているのかという根本的な問いを突きつけてくるところだ。愛情と支配、演技と本音、被害者と加害者。すべての境界線がぐらぐらと揺れ続ける。
2014年にデヴィッド・フィンチャー監督で映画化され、フリン自身が脚本を担当した。映画も秀逸だが、ニックとエイミーの内面にじっくり浸れる小説の体験はまた格別だ。
冥闇
著者:ギリアン・フリン 訳者:中谷友紀子 / 出版社:小学館(小学館文庫)

7歳の少女の証言が、兄を殺人犯にした
リビーは7歳のとき、母と二人の姉を殺された。彼女の目撃証言によって兄のベンが犯人として逮捕され、有罪判決を受ける。それから24年。心身に傷を負い、定職にも就かず、寄付金を食いつぶしながら無気力に生きるリビーのもとに、有名殺人事件の真相を推理する「殺人クラブ」からの接触がある。彼らは兄の無実を信じていた。
現在のリビーの視点と、事件当日の兄ベンと母パティの視点が交互に語られる構成は『ゴーン・ガール』と共通するフリンの得意技だ。だが、本作ではより暗く、より救いが遠い。アメリカの農村部の貧困、80年代の「悪魔崇拝パニック」の異常さ、そして子どもの記憶がいかに脆いかという問題が、事件の真相と絡み合って浮かび上がる。
フリンのデビュー作『KIZU―傷―』もイヤミスとして名高いが、本作の暗黒の濃度は一段上を行く。読後に残る感情は、爽快感とはほど遠い。だからこそ深く刺さる。
太陽がいっぱい
著者:パトリシア・ハイスミス 訳者:佐宗鈴夫 / 出版社:河出書房新社(河出文庫)

犯罪者の側に立ってしまう、自分自身が怖い
富豪の息子ディッキーをアメリカに連れ戻してほしいという依頼を受け、トム・リプリーはイタリアへ旅立つ。南欧の眩しい陽光の下、ディッキーの自由で裕福な暮らしに触れるうちに、トムの中に羨望と執着が膨れ上がっていく。やがてトムは、ディッキーの人生そのものを手に入れるという決断をする。
1955年に発表されたこの小説は、ダークサスペンスの原型のひとつだ。通常のミステリが「犯人は誰か」を追うのに対し、ハイスミスは読者を犯罪者の内面に引きずり込む。恐ろしいのは、読み進めるうちにトムの行動に理解を示し、ときには応援すらしてしまう自分に気づくことだ。
アラン・ドロン主演の映画は映画史に残る名作だが、原作の結末は映画とはまったく異なる。どちらが「嫌な」読後感を残すかは、読者の価値観によるだろう。リプリーはその後もシリーズ化され、全5作が刊行されている。
見知らぬ乗客
著者:パトリシア・ハイスミス 訳者:白石朗 / 出版社:河出書房新社(河出文庫)

列車で隣り合った男が、あなたの人生を壊しにくる
妻との離婚を望む建築家ガイは、列車の中で見知らぬ青年ブルーノと出会う。ブルーノは父親を憎んでいた。酒の勢いもあり、互いの憎悪を打ち明け合ったふたり。そこでブルーノが口にしたのは、ぞっとする提案だった。「ぼくがあなたの奥さんを殺す。あなたがぼくの親父を殺す。動機のない殺人だから、誰にもわからない」。ガイは当然断る。しかし、ブルーノはそれを約束と受け取っていた。
ハイスミスの第一長編にして、「交換殺人」というモチーフをミステリ史上初めて本格的に描いた記念碑的作品だ。アルフレッド・ヒッチコックが1951年に映画化したことでも知られる。
この小説が突き刺してくるのは、「善良な人間が悪に引きずり込まれていく過程」のリアルさだ。ガイは善人であろうとする。しかしブルーノの執拗な接近から逃れられず、じわじわと追い詰められていく。その心理描写は、読んでいる側の息も苦しくなるほどだ。
ガール・オン・ザ・トレイン
著者:ポーラ・ホーキンズ 訳者:池田真紀子 / 出版社:講談社(講談社文庫)上下巻

毎朝の通勤電車から見える「理想の夫婦」が、ある日壊れた
離婚して職を失い、アルコールに溺れる日々を送るレイチェル。彼女は毎朝の通勤電車の窓から、沿線の一軒家に暮らす若い夫婦を眺めていた。あの二人は幸せなのだろう。かつての自分のように。しかしある朝、その家の庭で衝撃的な光景を目撃する。そして翌日、その家の妻メガンが失踪したというニュースが流れる。
三人の女性がそれぞれ一人称で語る構成。しかし語り手のひとりであるレイチェルは、アルコール依存症のために記憶が欠落している。彼女自身、自分が何を見たのか、何をしたのか確信が持てない。「信頼できない語り手」を軸にしたこの物語は、読者もまたレイチェルと同じように、何が真実なのかわからないまま進んでいく。
2015年の刊行後、世界で2000万部以上を売り上げた。2016年にはエミリー・ブラント主演で映画化されている。日常のすぐ隣にある崩壊を描いた、現代イヤミスの代表格だ。
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ
著者:A・J・フィン 訳者:池田真紀子 / 出版社:早川書房(ハヤカワ文庫NV)上下巻

外に出られない女が、窓越しに見た殺人は本当か
精神分析医のアナ・フォックスは、広場恐怖症のために自宅から一歩も出られない。夫と娘とは離れて暮らし、慰めは古いフィルムノワール映画のDVDとアルコール、そして窓越しに近隣の家々を覗き見すること。ある日、向かいに越してきたラッセル家を見ていたアナは、衝撃的な場面を目撃する。だが警察はアナの通報を信じない。
ヒッチコックの『裏窓』を下敷きにしたこの物語の核心は、「目撃者自身の信頼性」にある。アナは精神的に不安定で、薬とアルコールを同時に摂取している。彼女が見たものは現実なのか、それとも妄想なのか。読者はアナの視点からしか世界を見ることができない。
2018年に単行本として刊行され、2021年にNetflixで映画化された。物語の中盤で明かされるアナ自身の過去の秘密は、真相とはまた別の衝撃を持っている。外界から隔絶された空間で、じわじわと精神が侵食されていく恐怖が濃密に描かれた一作だ。
刑罰
著者:フェルディナント・フォン・シーラッハ 訳者:酒寄進一 / 出版社:東京創元社(創元推理文庫)

裁かれるべきは、本当に裁かれている側なのか
現役の刑事事件弁護士でもあるシーラッハによる、実際の事件に材を得た短編集。前作『犯罪』で描かれた11の物語が「罪を犯してしまった人間」の姿だとすれば、本作に収められた12編は、その先にある「刑罰」の意味を問いかける。
当シリーズの入門編で『犯罪』を紹介したが、本作ではシーラッハの筆致がさらに冷徹さを増している。法律で裁けるものと裁けないものの狭間、正義という概念の脆さ、そして罰を受けることで本当に何かが清算されるのかという根源的な問い。淡々とした文体だからこそ、読後に残る不穏さが際立つ。
一編あたりが短いため、通勤電車の中でも手軽に読める。しかし読み終えたあとの心のざわめきは、長編に劣らない。日常の隣にある犯罪と、それに向き合う人間の姿を、感情を交えず描き切るシーラッハの手腕は、本作でも健在だ。
悪童日記
著者:アゴタ・クリストフ 訳者:堀茂樹 / 出版社:早川書房(ハヤカワepi文庫)

感情を捨てた双子が、生き延びるために書いた日記
戦争が激しさを増すなか、双子の少年は大きな町から、国境近くの小さな町に住む祖母のもとへ疎開させられる。「魔女」と呼ばれるこの祖母は、ふたりに食事すらまともに与えない。双子は自分たちで生き延びる術を編み出していく。体を鍛え、痛みに耐え、盗み、嘘をつき、必要とあらば人をも傷つける。そしてその一切を、感情を排した文章で日記に記録する。
ミステリではない。しかしこの小説が読者に与える「嫌な気分」は、どのイヤミスにも劣らない。恐ろしいのは暴力や残酷さそのものではなく、双子がそれらを「事実の忠実な記録」として、一切の感情を込めずに書き記していることだ。感情を削ぎ落とした文体が、かえって戦争の狂気と人間の本質を剥き出しにする。
ハンガリー出身のクリストフがフランス語で書いた処女作。続編の『ふたりの証拠』『第三の嘘』を読むと、この日記の意味がまったく変わって見える。三部作を通じて体験する衝撃は、小説でしか味わえないものだ。
わたしが眠りにつく前に
著者:S・J・ワトソン 訳者:棚橋志行 / 出版社:ヴィレッジブックス

毎朝、昨日の自分を忘れてしまう女が書く日記
クリスティーンは47歳。毎朝目覚めるたびに、前日までの記憶がすべて消えている。隣で眠っている男が夫のベンだと知るのも、鏡に映る自分が若くないことに気づくのも、毎朝のことだ。担当医のナッシュの勧めで、彼女は日記をつけ始める。毎日、自分が誰で何が起きたのかを書き留め、翌朝それを読んで自分を取り戻す。
だが日記を読み返すうちに、クリスティーンは気づく。ベンが話す過去と、日記に書かれた事実が食い違っている。そしてある日、日記のページに見覚えのない自分の筆跡でこう書かれていた。「ベンを信じるな」。
「信頼できない語り手」の究極形ともいえる設定だ。語り手本人が自分の記憶を信じられない。読者はクリスティーンと一緒に毎朝ゼロから世界を再構築し、その世界が少しずつ歪んでいく恐怖を味わう。2011年のデビュー作で、版権は42カ国に販売された。2014年にはニコール・キッドマン主演で映画化されている。
シャッター アイランド
著者:デニス・ルヘイン 訳者:加賀山卓朗 / 出版社:早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)

孤島の精神病院に閉じ込められたのは、患者か、それとも自分か
1954年、ボストン沖の孤島にある精神異常犯罪者収容施設アッシュクリフ病院から、一人の女性患者が姿を消した。連邦保安官のテディ・ダニエルズは、相棒のチャックとともに島に渡り、捜査を開始する。しかし施設のスタッフは非協力的で、患者たちの証言は支離滅裂。嵐で島から出ることもできなくなったテディは、この施設で秘密裏に行われている実験の噂を耳にする。
ルヘインはボストンを舞台にした犯罪小説で知られる作家だが、本作では舞台を孤島に限定し、閉塞感と不安を極限まで高めている。物語が進むにつれて、テディ自身の過去のトラウマが浮上し、現実と妄想の境界が溶けていく。
2010年にマーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化された。映画を先に見た人も多いだろうが、小説では映画以上にテディの内面が克明に描かれている。最後の一行まで読み終えたときに残る感情は、「衝撃」という言葉だけでは足りない。

