戦国時代や幕末は、物語の舞台として何度も描かれてきた。一方で、その狭間にぽっかりと空いたように語られてこなかったのが、南北朝の動乱――いわゆる「太平記」の時代である。鎌倉幕府が倒れ、後醍醐天皇の建武の新政が始まり、足利尊氏が背いて室町幕府を開く。敵と味方がころころ入れ替わり、誰が正しいのかが最後まで定まらない。尊氏は長く「逆賊」とされ、楠木正成は「忠臣」と崇められたが、その評価すら時代とともに揺れてきた。
割り切れないからこそ、この時代の物語はおもしろい。近年は『逃げ上手の若君』のヒットもあって、地味だったはずの南北朝に光が当たり始めている。ここでは、動乱を真正面から描いた創作マンガから、歴史が苦手な人の入り口になる人物伝まで、いま読める作品を集めた。
逃げ上手の若君
松井優征/集英社(週刊少年ジャンプ)/2026年完結

逃げることは、生き延びること。敗者から始まる英雄譚
鎌倉幕府の滅亡で、北条家の御曹司・北条時行は、信頼していた足利高氏(のちの尊氏)の謀反によってすべてを失う。地位も家族も奪われ、諏訪へと落ち延びた少年は、神官・諏訪頼重に導かれ、自らの「逃げる」才能を武器に、奪われた鎌倉の奪還を目指していく。中先代の乱を中心に、史実に名を残しながらもほとんど語られてこなかった武将の生涯を描く。
『暗殺教室』の松井優征が史実に挑んだ意欲作だ。「逃げる」という一見ネガティブな行為を、生き延びて反撃するための戦略として描き切る発想が鮮やかで、空白の多い時行の人生を大胆な創作で埋めていく。アニメ化によって、南北朝という時代そのものを多くの人に知らしめた立役者でもある。原作は2026年に完結したが、アニメは2024年放送の第1期に続いて第2期が2026年7月から放送されるなど、いまも展開が続いている。
バンデット -偽伝太平記-
河部真道/講談社(モーニング)/全6巻

歴史の主役ではなく、名もなき悪党の側から見た動乱
鎌倉時代の末期、奴隷身分の下人・石は、囚われていた謎の男・猿と出会い、協力して自由を手にする。だが猿の口から出たのは「700対2の戦を始める」という途方もない宣言だった。古典『太平記』を下敷きにしながら、赤松円心や楠木正成といった「悪党」たちが力ずくで時代をこじ開けていく姿を、架空の主人公・石の視点から描く。
教科書に載る英雄譚ではなく、地を這う者の暴力と野心の側から南北朝を捉え直した一作である。デビュー作とは思えない圧の強い画と、史実の合間を縫う独自の解釈が持ち味だ。全6巻で完結しており、この時代に初めて触れる人でも一気に読み通せる。
山賊王
沢田ひろふみ/講談社/全13巻

星に選ばれた少年が、時代の扉をこじ開ける
執権・北条高時の悪政に民が苦しむ鎌倉末期。無実の罪で父を殺された少年・樹長門は、先祖伝来の剣を手に、同じ「星」を持つ男・楠木正成と出会う。正成のもとで仇討ちを誓った長門が、新田義貞や足利高氏ら時代を動かす者たちと交わりながら、動乱の中心へと踏み込んでいく全13巻の歴史大河ロマンである。
「真・太平記」と銘打たれた通り、史実の骨組みに架空の少年を据えることで、少年漫画らしい熱量とスピード感を持たせた構成が巧みだ。千早城の攻防や鎌倉攻めといった太平記のハイライトを、一人の少年の冒険として体験できる。創作の自由と史実の手応えが、ほどよく同居している。
太平記
横山まさみち/ゴマブックス/全6巻

楠木・足利・新田、三人の生きざまを劇画で
源平合戦と元寇のあとに訪れた武士の治世も、長くは続かなかった。本作は楠木正成・足利尊氏・新田義貞の三人に焦点を当て、鎌倉幕府の崩壊から南北朝のはじまりまでを、それぞれの立場から描き出す。第1巻は、悪党と呼ばれた楠木正成の前半生から幕を開ける。
硬派な劇画タッチで歴史を描き続けた横山まさみちによる長編で、資料や現地取材を踏まえた描写が、複雑な人物相関を見やすく整理してくれる。絵柄には時代を感じるが、骨太な構成のおかげで、入り組んだ南北朝の全体像をつかむのに向いている。三人の英雄を並べて追える点も、初学者にやさしい。
太平記
さいとう・たかを/中央公論社「マンガ日本の古典」(上・中・下)

古典そのものを、劇画の巨匠の筆で読み通す
鎌倉幕府の滅亡から南北朝の動乱を経て、足利義満が将軍に就くまで。軍記物語『太平記』を原典に、楠木正成や佐々木道誉、高師直といった、旧来の秩序を超えて自らの欲求を追い求める「新しい」武将たちの姿を描く。古典の流れに忠実でありながら、人物の体温が伝わってくる。
『ゴルゴ13』のさいとう・たかをが、大人向けの古典コミカライズ叢書「マンガ日本の古典」の一作として、上・中・下の三冊で手がけた作品である。このシリーズは全32巻におよぶ企画全体が評価され、第1回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞しており、本作はその中核をなす一作だ。原典の『太平記』は読み通すのが難しいことで知られるが、合戦に次ぐ合戦をテンポよく整理し、迫真の劇画で物語の全体を体感させてくれる。
私本太平記
岡村賢二(作画)/吉川英治(原作)/リイド社(SPコミックス)/全4巻

「逆賊」と呼ばれた男を、一人の人間として描き直す
元亨二年、執権・北条高時のもとで天下は一応の泰平にあった。だが京では、実権を取り戻そうとする後醍醐天皇一派が動き始めている。足利家の嫡男・高氏(のちの尊氏)が、祖父の遺した置文を読んで天下取りを決意する場面から、動乱の南北朝を尊氏の視点で描いていく。
大河ドラマ『太平記』の原作にもなった吉川英治の歴史大河を劇画化した作品である。逆賊として語られがちな尊氏を、迷いながら時代に押し出されていく等身大の人間として描いているのが核心だ。原作小説を読む前の入り口としても、読んだあとの再発見としても楽しめる。
足利尊氏 南北朝の動乱を生きぬいた武将(学習漫画 日本の伝記)
古城武司(画)ほか/集英社「学習漫画 日本の伝記」

一冊で尊氏の生涯をたどる、いちばんやさしい入り口
鎌倉幕府を倒す立役者となりながら、建武の新政に背いて室町幕府を開いた足利尊氏。南北朝のはざまで苦悩しつつ、武家の世を押し進めていった生涯を、信頼できる資料をもとに一冊にまとめた伝記漫画である。
南北朝は登場人物も勢力図も入り組んでいて、最初の一歩でつまずきやすい時代だ。本作は尊氏一人の人生を軸に通して読めるので、動乱の流れをつかむ入門にちょうどいい。これまで挙げた創作系の作品を読む前に、時代の地図を頭に入れておく一冊として使える。
室町人物伝 楠木正成(コミック版 日本の歴史)
加来耕三(監修)ほか/ポプラ社「コミック版 日本の歴史」

悪党から忠臣へ、もう一人の主役の物語
幕府の統治が乱れはじめた鎌倉末期、農民に乱暴を働く地頭たちを懲らしめる「悪党」と呼ばれる一団があった。その首領・楠木正成が、苦しむ人々を救うため、後醍醐天皇の討幕計画に身を投じていく。万民が安んじて暮らせる世を願い続けた正成の一生を、一冊で追う。
足利尊氏を入り口にしたなら、対になるのがこの楠木正成だ。歴史家の監修で史実を押さえつつ、巻末の解説や年表も充実しており、正成という人物像を整理しながら読める。尊氏編とあわせて読むと、南北朝の対立構造がぐっと立体的に見えてくる。

