事典というのは、本来なら引くための本だ。知りたい項目があって、索引をたどって、必要な場所だけ読んで閉じる。それが正しい使い方とされている。
ところが世の中には、その正しい使い方をまったく許してくれない事典がある。あ行を確認するつもりで開いたのに、隣の項目が気になって読み、その隣も読み、気づけば三十分が経っている。目的も索引もないまま、ただページをめくり続けてしまう。そういう本だ。
こうした事典が面白いのは、物語が一つではなく数百単位で詰まっているからだと思う。一項目が数行から数ページ。そこには誰かの発見や、誰かの信じたことや、誰かの死にざまが、圧縮されて置かれている。小説のように筋を追う必要はない。どこから読んでも、そこから何かが立ち上がってくる。
ここでは、生物学から妖怪、幻獣、錬金術、そしてゲームの世界史まで、ジャンルを横断して集めてみました。暇なときにペラペラとページをめくるのが楽しい事典です。
空想科学読本
書籍/柳田理科雄 著/KADOKAWA(新シリーズはI〜IIIを2022年に刊行)

空想を、本気で計算してしまった人がいる
マンガやアニメ、特撮に登場する現象を、物理や化学の計算に乗せて検証していくシリーズ。1996年の刊行開始以来、扱われた題材は1000を超える。2022年からはKADOKAWAで再構成された新シリーズが始まり、昔話や歴史上のエピソードにまで手が伸びている。
この本の可笑しさは、著者が終始まじめだという一点に尽きる。空想を茶化そうとしているわけではない。ヒーローの動きを本気で数式に落とし込み、その結果として出てくる数字が、あまりにも常識外れなので笑ってしまう。導き出される結論は身も蓋もないのに、読み終わると不思議とその作品への愛着が増している。
科学の入り口としても優秀だ。速度、質量、エネルギー、比熱といった概念が、教科書とはまったく違う角度から頭に入ってくる。数字が苦手だった人ほど、この本の計算だけは追えてしまう。
ざんねんないきもの事典
書籍/今泉忠明 監修、下間文恵ほか イラスト/高橋書店(2016年)

すごい、ではなく、ざんねん。その一語が発明だった
進化の結果、なぜか少し間の抜けた姿や習性になってしまった生き物たちを集めた事典。児童書として出発しながら大人にも広く読まれ、続刊が積み重なって長期シリーズになった。
すごい能力を持つ動物を並べる図鑑は昔からある。この本の発明は、そこに「ざんねん」という視点を持ち込んだことだ。ざんねんに見える特徴にも、たいていは環境に適応した理由がある。笑いながら読み進めるうちに、進化というものが最適解を目指す設計ではなく、その場しのぎの積み重ねなのだと腑に落ちてくる。
一項目が短く、どこから開いても成立する構成なので、寝る前に数ページだけ、という読み方に向いている。生き物への距離感が、読む前と読んだ後で少し変わる。
へんないきもの
書籍/早川いくを 著、寺西晃 イラスト/バジリコ(2004年)、新潮文庫(2010年)

実在するとは信じがたい生物を、実在すると言い張る本
脚しかないクモ、足が85本のタコ、音波を武器にするエビ。にわかには信じがたい姿と生態を持つ実在の生物たちを集めた一冊。刊行当時ベストセラーとなり、後に新潮文庫に入って手に取りやすくなった。
魅力の半分は文章にある。淡々とした解説ではなく、著者の毒とユーモアが全面に出た語り口で、生き物たちがまるで問題行動を起こす知人のように紹介されていく。突き放しているようで、その裏には奇妙なものへの愛情が透けて見える。
残り半分は寺西晃の緻密なイラストだ。写真ではなく描線であることが、かえって生物の異形さを際立たせている。生物学の本でありながら、ほとんど短編集を読むような読後感が残る。
鼻行類
書籍/ハラルト・シュテュンプケ 著、日高敏隆・羽田節子 訳/平凡社ライブラリー(1999年)

存在しない動物の、完璧な学術書
1941年、収容所から脱走した捕虜が南太平洋のハイアイアイ群島に漂着する。そこには鼻を使って歩行する哺乳類の一群、鼻行類が独自の進化を遂げていた。本書はその生態と構造を記録した学術報告書という体裁を取っている。
もちろん鼻行類は実在しない。著者として記されているハラルト・シュテュンプケも架空の学者で、その正体はドイツの動物学者ゲロルフ・シュタイナーである。それでもこの本が凄まじいのは、分類体系から解剖図、生息環境の考察、参考文献に至るまで、学術書としての形式が一分の隙もなく整えられている点にある。読んでいるうちに、どこまでが冗談でどこからが本気なのか、判断がつかなくなってくる。
日本語版の訳者は動物行動学者の日高敏隆。専門家が本気で訳した架空の学術書という構図そのものが、この本の可笑しさを完成させている。虚構と学問の境目を歩く体験は、他ではなかなか味わえない。
アフターマン
書籍/ドゥーガル・ディクソン 著、今泉吉典 監訳/ダイヤモンド社(2004年)

五千万年後の地球には、誰が住んでいるのか
人類が消えた五千万年後の地球を舞台に、そこで繁栄しているであろう動物たちを、進化学と生態学の原理から推測して図鑑の形にまとめた一冊。1981年の原著刊行以来、版元を変えながら読み継がれている。
面白いのは、これが空想でありながら空想の顔をしていないことだ。大陸移動によって変わった地形、気候、そこに生まれるニッチ。それぞれの環境に対して、どんな体の設計が有利になるかが順を追って説明される。結果として登場するのは、見たこともない姿でありながら、どこかで見たことがあるような理屈で作られた生き物たちだ。
進化とは何を最適化する仕組みなのか。この本を読むと、その問いが具体的な形をともなって立ち上がってくる。児童書として再編集された版もあり、そちらは入手しやすい。
幻想動物事典
書籍/草野巧 著、シブヤユウジ 画/新紀元社(1997年)

世界中の空想が、五十音順に並んでいる
古代の神話や宗教書から、フランケンシュタインや指輪物語といった近代文学まで、さまざまな文献に登場する幻想の生き物1002体を、すべてイラスト付きで五十音順に解説した事典。新紀元社のTruth In Fantasyシリーズを代表する一冊だ。
日本の青行灯、ゾロアスター教の火の精霊、イギリスの巨大なビーバー型の怪物。並び順が五十音なので、文化圏も時代もばらばらのものが隣り合う。ドラゴンの次に土着の妖怪が来るような配置が、かえって人間の想像力の共通性と差異を浮かび上がらせる。
巻末には出典情報がまとめられており、気になった存在の元をたどれるようになっている。創作をする人にとっては素材集として、そうでない人にとっては世界各地の物語をつまみ食いする本として機能する。紙の版は入手しづらいが、電子書籍版が用意されている。
武器事典
書籍/市川定春 著/新紀元社(1996年)

剣にも槍にも、それが生まれた理由がある
古代から近世にかけて存在した武器およそ600点を、刀剣、短剣、長柄、打撃、射出、投擲、特殊、兵器の8分類に整理し、長さや重さ、年代、使用された地域とともに解説した事典。全項目にイラストが付いている。
読みどころは、分類の細かさそのものにある。同じ剣に見えるものが、使われた地域や戦い方によって形を変えていく過程が、項目を横に読んでいくと見えてくる。西洋のものだけでなく、中国、インド、中近東、アフリカの武器も収録されており、暗器や鎖鎌といった変わり種を集めた章もある。
刊行から時間が経っているため、厳密な資料として利用する場合は、より新しい研究や専門資料も併せて確認したい。想像を広げるための入り口として眺めるのに向いた本だ。ページをめくりながら、これを実際に振り回していた人間がいたという事実に、ふと立ち止まることになる。
日本妖怪大事典
書籍/村上健司 編著、水木しげる 画/角川文庫(改訂・携帯版、2015年)

この国の隅々に、誰かが見たものがいる
日本各地に伝わる妖怪を集成した事典。2005年に角川書店から刊行された単行本を再構成し、索引を追加した文庫版が2015年に出ている。総項目数1602、水木しげるの妖怪画357点を収録して720ページという厚みだ。
この本の凄みは網羅の徹底ぶりにある。有名な妖怪だけでなく、一つの村でしか語られていないような存在まで拾い上げ、それぞれの特徴、言い伝え、出没地域、参考文献が添えられており、記述の由来をたどりやすい点も信頼できる。
五十音順に並んだ名前をただ眺めていくだけで、この国のあちこちで人が何かを見て、何かを恐れ、それに名前をつけてきた痕跡が浮かび上がる。水木しげるの絵が加わることで、その痕跡に輪郭が与えられている。
図説 錬金術
書籍/吉村正和 著/河出書房新社 ふくろうの本(新装版、2024年)

賢者の石を追いかけた人々は、本気だった
16世紀から17世紀のヨーロッパを中心に、錬金術の歴史、理論、実践法をたどった一冊。実験室の構造、12の操作、賢者の石、四大元素といった用語が、豊富な図版とともに解説されていく。2012年刊行のものが2024年に新装版として出ている。
創作の世界で錬金術はすっかり馴染みの題材になったが、その元になった思想がどういうものだったのかを知る機会は意外と少ない。本書を読むと、これが単なる金儲けの試みではなく、物質と精神を貫く一つの世界観だったことが見えてくる。ニュートンが錬金術に打ち込んでいたという事実も、その文脈の中で理解できる。
図版が主役の判型なので、文章を追わずに絵だけを眺めても楽しめる。当時の人々が描いた象徴的な図像には、意味がわからないままでも引きつけられる力がある。
世界不思議百科
書籍/コリン・ウィルソン、ダモン・ウィルソン 著、関口篤 訳/青土社(新装版、2007年)

解けなかった謎だけを、五百九十ページ集めた
シベリア大爆発、バミューダ三角海域、ネス湖の怪物、ツタンカーメンの呪い、ヴォイニッチ手稿、幽霊船メアリー・セレスト号。自然、幻獣、歴史、事件、超自然、超心理の6分野にわたって、未解決とされる謎を集めた大部の一冊。
著者のコリン・ウィルソンはアウトサイダーで知られる批評家であり、オカルトや超常現象も生涯にわたる主要な執筆テーマとしていた。特に歴史関係の記述が充実しており、事件の経緯を丁寧に追う筆致は、読み物としての強度が高い。
現在の視点から見れば、すでに説明のついた項目や、前提が古くなった記述も含まれる。それでも本書が読ませるのは、謎そのものより、謎に取り憑かれた人々の姿が描かれているからだ。オカルト本の体裁を取りながら、実質は人間の執着についての記録になっている。
図説 死因百科
書籍/マイケル・ラルゴ 著、橘明美 監訳/紀伊國屋書店(2012年)

人はこんな理由でも死ぬのか、という245通り
膨大な死亡記録を渉猟した著者が、245項目の死因を五十音順に解説した事典。あくび、くしゃみ、口臭、結婚式、チョコレート、郷愁、笑い。おなじみの病気や事故に混じって、そんな項目が平然と並んでいる。原著は2006年のブラム・ストーカー賞ノンフィクション部門を受賞している。
不謹慎な本に見えて、読み進めると印象が変わってくる。死因の変遷はそのまま生活様式の変遷であり、新しい技術や流行が生まれるたびに、新しい死に方が加わってきた。項目ごとに添えられた統計と実例を追っていくと、これが一種のアメリカ文化史として読めることに気づく。
各項目が短く、どこから開いても構わない構成なのも事典らしい。巻末に収められた墓碑銘の数々には、死を前にした人間のユーモアが残されている。
奇界遺産
写真集/佐藤健寿 編著/エクスナレッジ(2010年)

世界の奇妙な場所を、本気で撮りに行った記録
写真家の佐藤健寿が、5年をかけて世界40か国以上を回り、各地の奇妙な人・物・場所を撮影・取材した写真集。中国の洞窟村、東南アジアの新興宗教、南米ボリビアの忍者学校、太平洋の遺跡、インドの聖者。奇態、奇矯、奇傑、奇物、奇習、奇怪の6カテゴリに分類されている。
奇界という言葉は著者の造語で、そこには単に変なものを見せるという以上の意図がある。まえがきで著者は、人間が余計なことをしてしまう性質にこそ人間らしさが隠れているのではないか、と書いている。UFOを見たり、意味不明な建造物を作ったり、そこにないものを信じたりする性質だ。
大判の写真集としての完成度が高く、アートディレクションは古平正義、イラストには漫☆画太郎が参加している。ページを開いた瞬間の情報量に圧倒された後、キャプションを読んで二度驚くことになる。続編として2と3が刊行されている。
ゼルダの伝説 ハイラル百科
ゲーム設定資料集/ニンテンドードリーム編集部 編著/アンビット発行・徳間書店発売(2017年)

ひとつのシリーズを、百科事典にしてしまった
ゼルダの伝説シリーズ30周年記念書籍の第2集として刊行された、A4判320ページの大型本。初代から トワイライトプリンセス HD までを50以上のキーワードで解説し、2000点を超えるアイテムや敵キャラクターを画面写真付きで収録している。
ゲームの資料集は数あるが、これが百科事典を名乗るだけのことはある。作品ごとの紹介にとどまらず、シリーズを横断してアイテムや種族や地名を整理し、開発資料と併せて提示するという構成になっている。30年分の断片が一つの体系に統合される様子は、読んでいて素直に壮観だ。
プレイしたことのある人にとっては記憶を呼び覚ます本になり、プレイしていない人にとっては、一つの架空世界がどれだけ緻密に積み上げられるかを見る本になる。ゲームという媒体が蓄積してきたものの厚みを、紙の形で確認できる一冊だ。
