太平記おすすめ小説&入門書11選|南北朝の動乱を描いた歴史小説を厳選

おすすめ「太平記」の小説
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後醍醐天皇、足利尊氏、楠木正成、新田義貞。名前は知っていても、彼らが生きた南北朝という時代を、最後まで通して知っている人は意外と少ないのではないだろうか。

南北朝はとても語りにくい時代だ。朝廷が二つに割れ、昨日の味方が今日の敵になり、誰が正義だったのかは今もって定まらない。だからこそ作家にとっては腕の見せどころで、同じ事件、同じ人物を扱っても、書き手によってまったく別の物語になる。尊氏を逆賊とみるか、時代を見抜いた現実主義者とみるか。正成を悲劇の忠臣とみるか、銭と流通を握った異形の悪党とみるか。その振れ幅こそが、太平記ものの面白さである。

近年、この時代に新たな光を当てたのが、松井優征のマンガ『逃げ上手の若君』だ。『暗殺教室』の作者が週刊少年ジャンプで2021年から2026年まで連載した本作は、鎌倉幕府を滅ぼされた北条高時の遺児・北条時行を主人公に据える。戦って死ぬことが武士の誉れとされた世にあって、ひたすら逃げ、隠れ、生き延びることで英雄となった少年の物語だ。アニメ化もされ、これをきっかけに南北朝という時代そのものに興味を持った人も多いだろう。マンガで時行という入口から入ったなら、次は小説でほかの群像にも会ってみてほしい。同じ動乱を、尊氏の側から、正成の側から眺めると、時代の奥行きがぐっと増してくる。

ここでは、原典『太平記』を題材にした骨太な大長編から、一人の武将に光を当てた評伝小説、そして初めて触れる人のための入門書まで、南北朝の動乱を味わうための小説を選んでみた。気になった人物から入ってもいいし、まずは入門の一冊から始めてもいい。読み終えるころには、教科書では素通りしていたあの時代が、生身の人間たちのドラマとして立ち上がってくるはずだ。

目次

私本太平記

吉川英治/講談社・吉川英治歴史時代文庫(全8巻)/1958年『毎日新聞』連載

私本太平記

逆賊と呼ばれた男を、ひとりの青年として描き直した一作

『新・平家物語』を完成させた吉川英治が、最晩年の力を注いで書いた歴史小説。鎌倉幕府の倒壊から建武の新政、南北朝の分立、湊川の戦い、さらに楠木正行・北畠顕家の悲劇や新田義貞の死を経て、足利尊氏の晩年に至る激動を、足利尊氏(高氏)の若き日から描いていく。

この作品が画期的なのは、戦前には天皇に背いた大悪人として語ることがタブーですらあった尊氏を、堂々と主人公に据えた点にある。第一巻ではあえて楠木正成を登場させず、田楽や婆娑羅といった時代の空気のなかで、つかみどころのない若者・又太郎が静かに使命に目覚めていく。1991年のNHK大河ドラマ『太平記』の原作としても知られ、南北朝小説の出発点というべき位置にある。文章の美しさは折り紙つきで、複雑な時代に最初の道筋をつけてくれる。

新太平記

山岡荘八/講談社・山岡荘八歴史文庫(全5巻)

新太平記

理想に殉じる者と、現実を生きる者の対決として読む南北朝

『徳川家康』で知られる山岡荘八が、後醍醐天皇とその皇子たちの浮沈を軸に、南北朝の全体像を描いた長編。笠置山の挙兵から新田義貞の戦死までを五巻にわたって追う。

山岡版の太平記は、人物の対比がはっきりしているのが特徴だ。理想の実現に生きる楠木正成や新田義貞と、現実のなかで立身を選ぶ足利尊氏。この構図があるおかげで、登場人物の多いこの時代でも感情移入しやすく、読者は自然と楠木方を応援する気持ちになっていく。吉川英治『私本太平記』が尊氏側から描いた物語だとすれば、こちらは天皇方の理想と挫折の物語だ。両方を続けて読むと、同じ時代がまるで違って見えてくる。

善人と悪人がはっきりしてるところがあるから分かりやすい。善い人たちが死んじゃったりするシーンは泣ける。

太平記

森村誠一/角川文庫(全6巻)

太平記

ミステリの名手が群像劇として描いた動乱の全景

『人間の証明』などで知られるミステリ・社会派の大家、森村誠一による歴史大河小説。後醍醐天皇の討幕計画から、足利尊氏の離反、南北朝の分裂、観応の擾乱、そして足利尊氏の死に至るまでを、群像劇として描き切る。

特定の一人を主役に据えるのではなく、新田義貞、足利尊氏、楠木正成といった主要人物それぞれの視点を行き来しながら物語が進むため、勢力の入り組んだこの時代の全景を俯瞰しやすい。鎌倉攻めで義貞が敵の意表をつく場面など、合戦の描写にも読ませる力がある。人物の動きを追うことに長けた作家らしく、誰が何を考えて動いたのかが整理されて頭に入ってくる構成だ。

風の群像 小説・足利尊氏

杉本苑子/講談社文庫(上下)

風の群像 小説・足利尊氏

英雄ではなく、迷い揺れる「普通の人」としての尊氏

直木賞作家・杉本苑子が足利尊氏を主人公に据えた長編。幕府を開いたのも束の間、弟の直義との二頭政治が綻び、わが子と落胤・直冬への疑心から足利一門が骨肉の争いに突き進んでいく。観応の擾乱と呼ばれる泥沼の内乱が、ひとりの人間の弱さから生まれていく過程が描かれる。

吉川版の颯爽とした尊氏像とはずいぶん違い、ここでの尊氏はどこまでも人間くさい。決断できず、情に流され、状況に押されて揺れ続ける。そのリアルさが、かえって「案外こうだったのかもしれない」と思わせる。英雄譚としてよりも、権力の座にいながら凡庸さを抱えた一人の男の春秋として、太平記を読み直したい人に向いている。

極楽征夷大将軍

垣根涼介/文藝春秋

極楽征夷大将軍

やる気も使命感も執着もない男が、なぜ天下を取れたのか

第169回直木賞を受賞した話題作。『室町無頼』などで知られる垣根涼介が、室町幕府の初代将軍・足利尊氏を真正面から主人公に据えた歴史群像劇だ。

この作品の尊氏は、英雄でも梟雄でもない。やる気なし、使命感なし、執着なし。垣根が描くのは、自らの意志をほとんど持たず、流されるように生きる「空っぽ」な男だ。物語はそんな尊氏を、弟・直義と重臣・高師直という二人の視点から見つめていく。意志を欠いた人間が、なぜ何度の窮地もすり抜けて頂点へ昇りつめてしまうのか。そして直義と師直の対立がいかにして泥沼の観応の擾乱へと至るのか。難解とされるこの内乱の構造を、人物の心理から解きほぐす手際が見事だ。信長や家康のような強烈なリーダー像に食傷した人ほど、この脱力した尊氏像に新鮮な驚きを覚えるだろう。

楠木正成

北方謙三/中公文庫(上下)

楠木正成

忠臣ではなく、自由な「悪党」として甦る正成

ハードボイルドの旗手から歴史小説へと渡った北方謙三には、南北朝を題材にした一連の長編があり、ファンのあいだで「北方太平記」と呼ばれている。その中核に位置するのが、楠木正成を描いたこの一作だ。

北方が描く正成は、教科書的な「天皇への忠臣」ではない。歴史学者・網野善彦の研究を下敷きに、土地に縛られない自由な存在――海賊や商業民や芸能民をも含む「悪党」の代表として正成を捉え直す。朝廷対幕府という従来の図式ではなく、武士の代表たる足利尊氏と、異形の者の代表たる正成の対決として南北朝を読み解くのが北方版の骨格だ。男たちの生き様を熱量たっぷりに描く筆致は健在で、正成という人物の見え方が一変する。

破軍の星

北方謙三/集英社文庫

破軍の星

二十一年だけ燃えて散った、若き貴公子将軍の疾走

同じく北方太平記の一作で、こちらは北畠顕家が主人公。『神皇正統記』を著した公卿・北畠親房の長男として生まれ、十代で陸奥国へ下り、奥州の荒くれ武士たちを束ねて南朝方の有力武将となった人物だ。足利方を一度は破りながら、再起した尊氏方の軍勢、なかでも高師直の軍との戦いに敗れ、わずか二十一歳で堺の石津に散った。

公家出身でありながら将として戦場を駆け抜けた顕家の生涯は、それ自体が一篇の青春小説のようでもある。北方の手にかかると、この短くも激しい人生が痛切な疾走感をもって立ち上がる。顕家という名は南北朝に詳しくないと馴染みが薄いかもしれないが、この一作で一気にファンになる読者は多い。なお北方には佐々木道誉を描いた『道誉なり』、赤松円心を描いた『悪党の裔』、懐良親王を描いた『武王の門』なども揃っており、気に入ったら芋づる式に読み進められる。

婆娑羅太平記 道誉と正成

安部龍太郎/集英社文庫

婆娑羅太平記 道誉と正成

銭と流通を握った二人の梟雄が、なぜ天下を動かしたのか

直木賞作家・安部龍太郎が南北朝に挑んだ「安部版太平記」の一作。婆娑羅大名として名をはせた佐々木道誉と、河内の悪党・楠木正成という、立場の異なる二人を主役に据えた異色作だ。

この作品の切り口はとにかく新しい。道誉も正成も、当時の経済と流通を掌握した「商業的武士団」を率いていたという共通点に着目し、彼らがなぜ幕府転覆へと動いたのかを、銭の論理から読み解いていく。敵味方として対立しながらも、互いの才覚を認め合う二人の関係が痛快だ。古典『太平記』が前提としてきた「天皇のために命を散らす」という価値観の磁場から、意識的に距離を取ろうとした一作でもある。経済や政治の視点から南北朝を捉えたい人には特に面白く読めるだろう。

新田義貞

新田次郎/新潮文庫(上下)

新田義貞

山岳小説の名手が、悲運の武将に注いだまなざし

『八甲田山死の彷徨』『孤高の人』などで知られる山岳小説の名手、新田次郎が、悲運の武将・新田義貞の生涯に取り組んだ時代小説。足利氏と同じ源氏の名門でありながら、無位無冠の新田庄で代々水争いを続けてきた一族の物語から筆が起こされる。

新田次郎の特徴は、『太平記』と『梅松論』など複数の史料を突き合わせ、より合理的と考えられる方を選びながら筆を進める実証的な姿勢にある。後醍醐天皇から賜った勾当内侍とのことで足利討伐の機を逃したと俗に語られる義貞についても、その間の行動を細かく検証して弁護を試みる。判官びいきではなく、史料に立脚して義貞という人間の実像に迫ろうとする一作だ。分倍河原の戦いなど、関東を舞台にした合戦の描写も読みどころになっている。

太平記 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典

武田友宏 編/角川ソフィア文庫

太平記 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典

まず原典の世界に触れてみたい人への、いちばんやさしい入口

小説で南北朝に興味を持ったら、次は原典の『太平記』そのものに触れてみたくなる。とはいえ全四十巻の古文にいきなり挑むのは骨が折れる。そこでおすすめなのが、初心者向けの古典入門シリーズであるビギナーズ・クラシックスの一冊だ。

原文の名場面を抜き出し、現代語訳とわかりやすい解説を添える構成なので、古文が苦手でも『太平記』の語り口や世界観を体感できる。後醍醐天皇の討幕計画、楠木正成の千早城での奮戦、児島高徳の逸話といった有名な場面を押さえながら、原典がどんなトーンで書かれた物語なのかがつかめる。小説で得た知識を原典で確かめる、その橋渡しにちょうどよい一冊である。

太平記

作者未詳/亀田俊和 訳/光文社古典新訳文庫(上下)

太平記(亀田俊和 訳)

研究の最前線にいる歴史家が訳した、読み物としての原典

小説で南北朝に親しんだら、原典の『太平記』そのものを読んでみたくなる。とはいえ全四十巻すべてに付き合うのは骨が折れる。そこで頼りになるのが、『観応の擾乱』などで知られる南北朝研究の第一人者・亀田俊和による新訳だ。

全四十巻のなかから九十のエピソードを厳選し、五部構成に整理して、各部に概要と人物相関図を添える。鎌倉幕府の滅亡から建武の新政、南北朝の分裂、室町幕府の成立まで、約五十年の激動を見通せるようになっている。研究者の手によるものだけに勘所の押さえ方が的確で、後醍醐天皇、足利尊氏・直義兄弟、新田義貞、楠木正成、高師直といった面々が生き生きと立ち上がる。注釈も豊富なので、小説で得た知識を原典で確かめたい人にとって心強い一冊である。

口訳 太平記 ラブ&ピース

町田康/講談社

口訳 太平記 ラブ&ピース

古典が、まるで深夜の与太話のように甦る

『口訳 古事記』で古典を語り直してみせた町田康が、その独自の文体で『太平記』に挑んだ一冊。原典の格調はいったん脇に置いて、登場人物たちが現代の口語でしゃべり出す、破天荒な〈町田日本史〉の新作である。

「どえらいことになりました。主上御謀叛です」「マジか」――冒頭からこの調子で、後醍醐天皇の討幕計画から物語は転がりはじめる。鬨の声がジョン・レノンの歌になり、武士たちが軽口を叩き合う。ふざけているようでいて、利権を求めて誰もが争い、平和を口実に戦が起こるという、人の世の救いがたい実相がくっきりと浮かび上がってくる。本書一冊で扱われるのは原典の第一巻から第三巻、後醍醐天皇の討幕計画から楠木正成が立てこもる赤坂城落城のあたりまでで、まだ南北朝の動乱本体には入らない。それでも原典の現代語訳に挫けた人にとっては、『太平記』世界の入口に飛び込むのにこのうえなく心強い一冊だ。町田康の小説が好きな人にも、ひとつの作品として読みごたえがある。

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