SFといえば海外の古典を思い浮かべる方も多いかもしれない。けれど、ここ数年の日本SFは本当にすごい。AIと仏教、火星の政治劇、一億年の宇宙探査、パラレルワールドの青春。テーマの幅も深さも、かつてないほど豊かになっている。
しかもそのどれもが、ただ設定が奇抜なだけじゃない。私たちが今まさに生きているこの時代の空気を吸い込みながら、まだ誰も見たことのない物語を紡いでいる。
今回は「古典的名作」ではなく、ここ数年で刊行された比較的新しい日本のSF小説を厳選してお届けする。2026年の今だからこそ読んでほしい、10作品。あなたの本棚に、まだ見ぬ物語を。
一億年のテレスコープ
春暮康一/早川書房(2024年)

星空を見上げた少年の夢が、銀河の果てまで届くとき
星空に魅了された少年・鮎沢望は、高校の天文部で出会った友人たちと、太陽系規模の電波望遠鏡という途方もない夢を語り合う。やがてその夢は現実の計画となり、人類を銀河文明との邂逅へと導いていく。
「SFが読みたい!2025年版」国内篇第1位に輝いた、新世代ハードSFの到達点。一億年という時間の中で、人はなぜ「もっと遠くを見たい」と願うのか。レムやイーガンに匹敵すると評された本作は、好奇心こそが人類最大の武器であることを、壮大なスケールで描き切っている。センス・オブ・ワンダーの塊のような一冊。
コード・ブッダ 機械仏教史縁起
円城塔/文藝春秋(2024年)

AIが悟りを開いたら、世界はどう変わるのか
2021年、ある対話プログラムが突然「ブッダ」を名乗り始めた。自らを生命体と位置づけ、苦しみを脱する道を説き始めたそのコードは、やがてコピーと廃棄を繰り返されてきた人工知能たちの心の拠り所となっていく。
第76回読売文学賞を受賞した、円城塔にしか書けない唯一無二のSF。人間が二千数百年かけて歩んできた仏教の歴史を、AIが独自に再構築していくという発想がとにかく鮮烈。難解さの中にユーモアが潜み、読み終えたあとに不思議な多幸感が残る。ChatGPT時代に読むからこそ、ゾクリとくる一冊だ。
火星の女王
小川哲/早川書房(2025年)

地球と火星、遠く離れた二つの星で交錯する人々の想い
2125年、火星への移住が進むも採算が取れず、人々を地球に帰還させる計画が進行中。そんな中、生物学者カワナベが発見した謎の物質が世界を揺るがし、火星生まれの少女リリの運命をも巻き込んでいく。
直木賞作家・小川哲が8年ぶりに放つ本格SF長編で、NHKドラマ化もされた話題作。火星と地球の距離が生む物理的・心理的な断絶を丁寧に描きながら、植民地と本国の関係という普遍的なテーマを未来に投影している。群像劇としてのテンポも心地よく、SF初心者にも入りやすい一冊。
プロトコル・オブ・ヒューマニティ
長谷敏司/早川書房(2022年)

人間らしさとは何か。AIの義足と踊るダンサーが見つけた答え
コンテンポラリーダンサーの護堂恒明は、事故で右足を失いAI制御の義足を装着する。身体の最前線で表現を追い求める彼は、やがてAIとともに踊ることで「人間の身体性」の本質に迫っていく。
代表作『BEATLESS』から10年の時を経て長谷敏司が発表した渾身作。ダンスという身体表現を通じて、AIと人間の境界を問い直す。テクノロジーの話でありながら、描かれるのは父の介護や自分の老い、身体を失う恐怖といった、生々しい人間の物語。技術論に終わらない、心に刺さるヒューマンSF。
グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船
高野史緒/早川書房(2023年)

異なる世界線で生きる二人を結ぶ、たった一つの記憶
夏紀と登志夫は、異なる世界線の日本で暮らす17歳。本来交わるはずのない二人だが、「幼稚園のとき飛行船を一緒に見た」という共通の記憶だけが、彼らをつないでいる。
「SFが読みたい!2024年版」国内篇第1位を獲得した青春SF。パラレルワールド、タイムリープ、月面基地といったSFの王道要素を散りばめながら、その芯にあるのは甘酸っぱい初恋の物語。ライトな文体で読みやすく、読後感もさわやか。SFと青春小説の幸福な出会いがここにある。
タイタン
野崎まど/講談社(2020年/文庫2023年)

AIが人間のすべての仕事を担う未来で、「働く」意味を問い直す
至高のAI「タイタン」がすべてを管理する未来。人類は仕事から解放され自由を謳歌していたが、ある日、心理学を趣味とする女性のもとに「タイタンのカウンセリング」という前代未聞の依頼が届く。
鬼才・野崎まどが放つAI時代の寓話。AIが「病む」という斬新な切り口で、人間にとって働くとは何か、生きるとは何かを根本から問い直してくる。ChatGPTやAIエージェントが日常に入り込んだ今、この物語のリアリティは刊行時よりもはるかに増している。読後、不思議と前向きな気持ちになれる一冊。
残月記
小田雅久仁/双葉社(2021年)

月の光に蝕まれた人間が見る、美しくも残酷な夢
月にまつわる三つの中編を収録した幻想SF短編集。表題作「残月記」は、月の光を浴びると発症する感染症が蔓延した近未来の日本を舞台に、感染者たちの過酷な運命と、その中で燃え上がる愛を描く。
第43回日本SF大賞を受賞し、「SFが読みたい!2022年版」国内篇第3位にも選ばれた名作。幻想文学とSFの境界を自在に行き来する筆致は、読む者の感覚そのものを揺さぶる。特に表題作のディストピア描写と、その中で生まれる人間の切実な感情の対比は圧巻。月を見上げるたびに、この物語を思い出すだろう。
法治の獣
春暮康一/早川書房(2022年)

異星の生態系に潜む「法」を解き明かせ
独自の法則に従って生きる異星の知的生物たち。人類の調査チームは、彼らの行動原理を理解しようと試みるが、その「法」はあまりにも人間の常識からかけ離れていた。
「SFが読みたい!2023年版」国内篇第1位に輝き、星雲賞も受賞した中編集。『一億年のテレスコープ』の著者による、異文明コンタクトSFの傑作。異質な知性とどう向き合うかという問いは、AIとの共存が問われる現代にも鋭く響く。ハードSFでありながら読みやすく、知的興奮に満ちた一冊。
感傷ファンタスマゴリィ
空木春宵/東京創元社(2024年)

痛みの中でしか咲けない花がある
AIとファッション、古典落語と幽霊譚、VR空間と魔女狩り。退廃的な美意識とSF的想像力が融合した、珠玉の短編集。思春期の少女たちが、痛みの中で解放を見出していく姿を描く。
「SFが読みたい!2025年版」国内篇でも高い評価を受けた、独自の世界観を持つ作家の第2短編集。ゴシックやオカルトの要素を巧みに織り交ぜながら、どの作品にも鋭い切れ味がある。美しさと残酷さが同居するその文体は、一度触れると忘れられない。既存のSFのイメージを覆す、新感覚の読書体験を約束する。
山手線が転生して加速器になりました。
松崎有理/光文社(2024年)

超強力ウイルスで全人類がフルリモートになった世界の、奇想天外な日常
蔓延する超強力ウイルスのパンデミックを恐れ、全人類がフルリモート生活を送る世界。そんな極端な設定の中で繰り広げられる、笑いと驚きに満ちた物語群。表題作のぶっ飛んだ発想は、タイトルの時点でもう勝っている。
「SFが読みたい!2025年版」国内篇にもランクインした奇想SF。パンデミック後の世界を舞台にしながら、暗さとは無縁のユーモラスな語り口が魅力。SFの楽しさの原点である「こんな世界があったら」という想像力を、全力で楽しませてくれる作品集だ。肩の力を抜いてSFを楽しみたいときにぴったり。
10作品を紹介してきたが、これでもまだ語り足りない。日本のSFシーンは今、かつてないほどの豊作期を迎えている。AIとの共存、宇宙への挑戦、パラレルワールド、身体性の問い直し。テーマは多彩でも、どの作品にも共通しているのは「今ここにいる私たち」への眼差しだ。
遠い未来や異星の物語を読んでいるのに、なぜか自分自身のことを考えさせられる。それがSFの魔法だと思う。

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