『逆賊』と呼ばれた天才幕臣・小栗忠順の真実に迫る小説8選

小栗上野介忠順を描いた小説
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※小説やコミックの発売巻数や既刊などの情報は記事が書かれた当時のものとなります。

2027年のNHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」の主人公に決まったことで、にわかに注目を集めている幕末の幕臣・小栗忠順(おぐり・ただまさ)。幕末の小説では切れ者の幕臣・小栗上野介(こうずけのすけ)として名前がでてくることはよくあるが、物語の主人公になることはほとんどない。

遣米使節としてアメリカに渡り、横須賀製鉄所の建設を主導し、幕府の財政・軍制改革に奔走した。明治の政治家・大隈重信に「明治政府の近代化はほとんど小栗の模倣だった」と言わしめたほどの人物でありながら、「逆賊」の汚名を着せられ、罪状も裁判もないまま斬首された。

坂本龍馬でも西郷隆盛でもない。勝者の側から描かれてきた幕末史の、その裏側にいた男。彼を知ることは、私たちが教科書で学んだ「明治維新」をもう一度見つめ直すことでもある。

この記事では、小栗忠順が主人公として、あるいは重要人物として登場する小説を8作品紹介する。彼の生涯を正面から描いた評伝的長編から、短編の一篇で鮮烈にその横顔を切り取った作品まで。大河ドラマが始まる前に、活字の世界で小栗忠順と出会ってほしい。

目次

覚悟の人 小栗上野介忠順伝

著者: 佐藤雅美 出版社: 角川文庫

覚悟の人 小栗上野介忠順伝

信念と使命に殉じた幕臣の、最も骨太な肖像

幕末の徳川幕府を内側から支え続けた小栗忠順の生涯を、膨大な一次史料に基づいて描いた歴史ドキュメント小説。対ドル為替レートの不均衡をめぐる外交交渉から、横須賀製鉄所の建設、軍制改革まで、小栗が手がけた仕事の全容がこの一冊に凝縮されている。

佐藤雅美の筆致は、小栗という人物を過度に美化することなく、あくまで史実に即して淡々と積み上げていく。だからこそ、読み終えたときに残るのは派手な感動ではなく、こんな人物がいたのかという静かな衝撃だ。組織の中で正しいことを貫こうとした人間が、なぜ報われなかったのか。その問いは、幕末に限らず今の時代にも響いてくる。

小栗忠順について「まず一冊」と聞かれたら、多くの人がこの作品を挙げるだろう。大河ドラマの予習としても、ここから始めるのが王道だと思う。

小説 小栗上野介 日本の近代化を仕掛けた男

著者: 童門冬二 出版社: 集英社文庫(上下巻)

小説 小栗上野介 日本の近代化を仕掛けた男

この国の未来を設計した、もうひとつの幕末史

横須賀製鉄所の建設、日本初の株式会社設立、郡県制の導入構想――。幕末という激動の中で、小栗が描いていた「新しい日本」の設計図を丁寧に解きほぐした歴史長編。2027年の大河ドラマ決定を受けて集英社文庫から刊行され、榎本秋による解説と木内昇による鑑賞も付いた充実の内容になっている。

童門冬二の筆は、政治や制度の話をわかりやすく噛み砕いて語ることに長けている。遣米使節として西洋文明を目の当たりにした小栗が、帰国後に何を変えようとしたのか。その構想のスケールの大きさに驚かされる一方で、急進的な改革が周囲の反発を招いていく過程には、組織と改革者の永遠のジレンマがにじむ。

小栗忠順の「何をした人なのか」を最も体系的に理解できる一冊。歴史小説に慣れていない方でも読みやすい文体で、入門書としても優れている。

罪なくして斬らる ―小栗上野介―

著者: 大島昌宏 出版社: 新潮社 / 電子書籍で復刊

罪なくして斬らる ―小栗上野介―

横須賀の海に夢を架けた男は、なぜ斬首されなければならなかったのか

第3回中山義秀文学賞を受賞し、2003年にはNHK正月時代劇「またも辞めたか亭主殿~幕末の名奉行・小栗上野介~」の原作にもなった傑作歴史小説。約30年を経て電子書籍で復刊されている。

この作品の最大の読みどころは、横須賀造船所の立案から建設に至る過程だ。フランス公使ロッシュや、造船所建設の総責任者ヴェルニーとの交流が丹念に描かれ、小栗がいかに日本の海軍力の基盤を築いたかが伝わってくる。重要な役職を15以上も渡り歩き、最短で20日で辞めてしまうという破天荒な一面も、この作品では生き生きと描かれている。

そして、タイトルが示す通り、物語はその「罪なき死」へと向かっていく。大島昌宏の筆は小栗を客観的に描きつつ、最後の最後で読む者の胸を締めつける。日露戦争後に東郷平八郎が小栗の遺族に頭を下げたというエピソードには、多くの読者が目頭を熱くしたはずだ。

修羅を生き、非命に死す 小説小栗上野介忠順

著者: 岳真也 出版社: 集英社文庫(原版は作品社『小栗忠順』全2部、2001年)

修羅を生き、非命に死す 小説小栗上野介忠順

勝海舟の「裏側」に、もうひとりの幕末の巨人がいた

「小栗が沈めば勝が浮かぶ。勝が転べば小栗が起つ」――世にそう言われた宿命のライバル関係を軸に、小栗忠順の生涯を描ききった長編小説。元は作品社から全2部で刊行され、後に集英社文庫で一冊にまとめられた。

骨の髄まで幕臣であった小栗と、下級幕臣出身ゆえに徳川の呪縛からより自由だった勝。同じ渡米経験を持ち、日本の近代化という志を共有しながらも、たどり着いた結論はまるで違う。この対比構造が、小栗という人物の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。

登場人物が豊富で、木村喜毅、福沢諭吉、栗本鋤雲、フランス公使ロッシュ、技師ヴェルニーなど、小栗を取り巻く人間関係の網の目が細かく描かれているのも本作の魅力。小栗の妻・道子や側近の塚本真彦など、脇を固める人物たちの造形にも味わいがある。

怒濤逆巻くも

著者: 鳴海風 出版社: 新人物往来社(上下巻、2003年) / 小学館P+D BOOKS

怒濤逆巻くも

咸臨丸の真の立役者と、彼を信じた幕臣の絆

主人公は、数学者にして航海士、そして幕府のテクノクラート・小野友五郎。咸臨丸の航海長として太平洋横断を成功に導き、日本初の国産蒸気軍艦「千代田形」の建造を指揮し、小栗忠順と共に横須賀製鉄所の実現に尽力した人物だ。

勝海舟や福沢諭吉の陰に隠れて注目されることのなかった小野友五郎の視点から見ると、咸臨丸の航海も、横須賀製鉄所の建設も、まったく違った風景が見えてくる。小栗は本作では主人公ではないが、小野にとっての最大の理解者であり盟友として、物語の要所要所に力強く登場する。

和算の知識を持つ技術者がいかにして幕末という激流を生きたかを描くこの作品は、「武士」とは違う角度から幕末を照らしてくれる。技術と数字で国を変えようとした人々の物語でもある。

万波を翔る

著者: 木内昇 出版社: 日本経済新聞出版(2019年)

万波を翔る

幕末の「外交」を駆け抜けた江戸っ子が見た、もうひとつの維新

直木賞作家・木内昇が、幕末の外交官僚・田辺太一の目を通して描いた長編歴史小説。安政5年に幕府が新設した外国局を舞台に、攘夷の嵐と列強の外圧の狭間で奔走する若き幕臣たちの群像劇が展開される。

本作の痛快さは、田辺太一という主人公のキャラクターにある。鼻っ柱が強く、上司にも遠慮なく物を言う生粋の江戸っ子。その田辺の周囲に、水野忠徳、岩瀬忠震、小栗忠順、勝海舟、渋沢栄一と、異能の幕臣たちが次々と登場する。小栗は幕府の財政・軍事を司る存在として物語の随所に姿を見せ、田辺にとっても読者にとっても忘れがたい印象を残す。

幕末小説の多くが志士や将軍の視点で描かれる中、「外交」という切り口で幕末を活写した本作は新鮮だ。木内昇の文章には独特のグルーヴ感があり、550ページ超の分量をものともせず読み進めてしまう。

碧血の碑

著者: 赤神諒 出版社: 小学館(2024年)

碧血の碑

一本のネジが繋いだ、サムライとフランス人技師の友情

第13回野村胡堂文学賞を受賞した、幕末の「敗者」たちを描く短編集。沖田総司、橋本左内、和宮、そして小栗上野介。歴史の表舞台から消えた人々の、知られざる一瞬を切り取った全5篇が収められている。

小栗が登場するのは第4話「セ・シ・ボン」。立身出世の野望を胸に横須賀へやってきたフランス人技師ヴェルニーの視点から、小栗との出会いと友情が描かれる。一本のネジを後生大事に持ち歩く風変わりなサムライ。その奇妙な行動の意味が明かされるとき、小栗忠順という人間の核心に触れた気持ちになる。

短編ゆえに小栗の生涯を網羅することはないが、だからこそこの一篇は鮮烈だ。ヴェルニーという「外からの目」で描かれることで、日本人同士の物語では見えにくい小栗の魅力が浮かび上がる。他の収録作もすべて粒揃いで、幕末短編集として高い完成度を誇る一冊。

余烈

著者: 小栗さくら 出版社: 講談社(2022年)

余烈

父が遺したもの、息子が背負ったもの

博物館学芸員資格を持つ歴史タレント・小栗さくらによる幕末連作短編集。中村半次郎、武市半平太、土方歳三といった人物を描いた4篇が収められており、その中の「恭順」が小栗忠順の物語にあたる。

ただし、主人公は小栗忠順本人ではなく、その養子・又一(忠道)だ。主君・慶喜の恭順という決断を受け入れ、戦わずして領地の権田村へ退く父。その背中を見つめる息子の視線を通じて、小栗家の最期の日々が静かに描かれていく。

大きな歴史のうねりの中で、置かれた場所に咲こうとした人々。その花すら摘み取られてしまう時代の残酷さが、抑えた筆致だからこそ胸に迫る。ちなみに著者の芸名「小栗」は、最も尊敬する人物として小栗忠順から取ったもの。大学の卒論テーマも小栗上野介だったという、まさに愛と敬意が込められた一篇だ。

小栗忠順を描いた小説を8作品紹介してきた。

こうして並べてみると、小栗を描く作品にはひとつの共通点があることに気づく。それは、「なぜこの人物は歴史から消されたのか」という問いが、必ず物語の底流にあるということだ。

勝者が歴史を書く。それはいつの時代も変わらない。けれど、活字の世界には、敗者の側から歴史を書き直す力がある。小栗忠順という人物を通して見る幕末は、私たちが知っている「明治維新」とはずいぶん違う風景を見せてくれるはずだ。

2027年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」で、小栗忠順はようやく多くの人に知られることになるだろう。その前に、ぜひ小説の中で彼に出会ってみてほしい。

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