映画史を語るうえで、1970年代を外すことはできない。スタジオシステムが崩壊し、若い作家たちがハリウッドの主導権を握り、内省的で大人の鑑賞に堪える物語が次々と生まれた。一方でブロックバスターという概念が誕生し、SFやホラーが映画館を席巻したのもこの時代だ。ニューハリウッドの旋風、巨匠たちの円熟、そして新しい才能の爆発。10年というには濃すぎる10年。
この記事では、その中でも誰もが一度は通る、あるいは通っておきたい「名作」と呼ばれる12本を選んでみた。テーマも作風もばらばらだが、どれも観終わったあとに何かが残る。そんな映画ばかりだ。
ゴッドファーザー(1972)
監督:フランシス・フォード・コッポラ/原作:マリオ・プーゾ/出演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ/配給:パラマウント映画/第45回アカデミー賞作品賞・主演男優賞・脚色賞受賞

家族という名の暗闇に、男たちは沈んでいく
シチリアからの移民として築き上げたコルレオーネ・ファミリー。その絶対的な家長ヴィトーの引退と、堅気の道を歩んでいたはずの三男マイケルの変貌を、3時間近い時間をかけて描く叙事詩である。
この映画が突きつけてくるのは、暴力や陰謀ではなく「人はどうやって、自分が望まなかったはずの人間になっていくのか」という問いだ。マイケルの目に少しずつ宿っていく冷たさ、その変化を一度も声高に説明しないコッポラの演出。ニーノ・ロータの哀しい旋律が流れ、戸が静かに閉じられるあのラストショットを観た瞬間、映画は鑑賞という行為を越えて記憶の一部になる。
「ゴッドファーザー」の関連テーマ
タクシードライバー(1976)
監督:マーティン・スコセッシ/脚本:ポール・シュレイダー/出演:ロバート・デ・ニーロ、ジョディ・フォスター/配給:コロムビア映画/第29回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞

眠れない夜、誰かに見られたかった男の物語
不眠症のベトナム帰還兵トラヴィスは、深夜のニューヨークでタクシーを走らせる。麻薬と売春の匂いが立ち込める街を見つめながら、彼の内側には何かが堆積していく。やがてそれは銃と鏡の前のリハーサルへ、そして暴発へとつながる。
トラヴィスが鏡に向かって呟く「You talkin’ to me?」は、即興で生まれたとされる。脚本にない言葉が映画史の名セリフになったというこの事実が、本作の生々しさをそのまま物語っている。孤独とは静かなものではなく、こんなにも騒がしく、危険なものなのだと教えてくれる作品である。アメリカン・ニューシネマ最後の傑作と呼ばれることもある一本。
「タクシードライバー」の関連テーマ
カッコーの巣の上で(1975)
監督:ミロス・フォアマン/原作:ケン・キージー/出演:ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー/配給:ユナイテッド・アーティスツ/第48回アカデミー賞作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞・脚色賞の主要5部門受賞

自由とは、奪われたあとで初めて気づくものだ
刑務所の強制労働から逃れるため精神異常を装って病院に入ったマクマーフィー。そこで彼を待っていたのは、絶対的な管理体制を敷くラチェッド婦長と、無気力に飼い慣らされた患者たちだった。彼は患者たちに小さな反乱の種を蒔いていく。
『或る夜の出来事』以来41年ぶりにアカデミー賞主要5部門を独占したというのは単なる数字の話ではなく、この映画の射程の広さを示している。笑い、怒り、そして言葉にならない感情。マクマーフィーの破天荒な振る舞いに笑っていたはずの観客が、ラストでチーフが見せるあるひとつの行動に胸を打たれる。原作小説と並んで、自由について語った20世紀の重要な物語のひとつだ。
時計じかけのオレンジ(1971)
監督・脚本:スタンリー・キューブリック/原作:アンソニー・バージェス/出演:マルコム・マクダウェル/配給:ワーナー・ブラザース映画

ベートーヴェンを愛する不良少年の、矯正という名の暴力
近未来のロンドン。アレックスは仲間を率いて夜の街で暴力とレイプに明け暮れる少年だ。やがて捕らえられた彼は、ある実験的な治療法に同意して社会に戻ることを許される。しかし、それは新たな地獄の始まりだった。
キューブリックは「暴力を描く」のではなく、観客の側に「暴力を見せられる体験」を強いる。アレックスが歌い踊りながら振るう暴力に、ベートーヴェンの第9や「雨に唄えば」が重なる瞬間、観る者は道徳の足場を失う。原作者のアンソニー・バージェス自身が「危険な本」と呼んだ小説を、映画はさらに突き詰めた。社会が個人の自由意志を奪う権利を持つのか、という問いは、半世紀後の今もまったく古びていない。
エクソシスト(1973)
監督:ウィリアム・フリードキン/原作・脚本:ウィリアム・ピーター・ブラッティ/音楽:マイク・オールドフィールド/出演:エレン・バースティン、リンダ・ブレア、マックス・フォン・シドー、ジェイソン・ミラー/配給:ワーナー・ブラザース映画/第46回アカデミー賞脚色賞・音響賞受賞

12歳の少女の体で、神と悪魔が闘う
女優クリスの娘リーガンに異変が起こる。医学では説明できない症状が次々と現れ、母は最後の手段として教会の扉を叩く。やがて若き神父カラスと老練な悪魔祓いの専門家メリンが、少女の体を奪い合うこの戦いに召喚される。
本作の凄みは、観客が「これは本当に悪魔の仕業ではないか」と疑いはじめてしまう、その説得力にある。マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」の冒頭が流れた瞬間に背筋が冷える人は、世界中に何千万人といるだろう。ホラー映画がアカデミー作品賞にノミネートされたのは史上初。怖さの種類が違う。生理的な恐怖ではなく、信仰と理性のあいだに開いた穴を覗き込まされる怖さである。
ジョーズ(1975)
監督:スティーヴン・スピルバーグ/原作:ピーター・ベンチリー/音楽:ジョン・ウィリアムズ/出演:ロイ・シャイダー、ロバート・ショウ、リチャード・ドレイファス/配給:ユニバーサル・ピクチャーズ

海が怖くなる、たった2音のリズム
海辺の観光地アミティ島。独立記念日を控えた書き入れ時に、若い女性が惨殺死体となって浜辺に打ち上げられる。新任の警察署長ブロディは海水浴場の閉鎖を訴えるが、町長は耳を貸さない。やがて被害者は増え、男たちは1匹の巨大な人喰い鮫に挑むため、小さな船で海へと出る。
ジョン・ウィリアムズが書いたあの2音のテーマが、半世紀経った今でも条件反射で恐怖を呼び起こす。スピルバーグは故障続きだった機械仕掛けの鮫をほとんど映さないという制約を、逆に演出の武器に変えた。見えないことが、これほど怖い。本作はサマー・ブロックバスターという概念を発明したとも言われ、映画産業のあり方そのものを変えた一本でもある。
エイリアン(1979)
監督:リドリー・スコット/クリーチャーデザイン:H・R・ギーガー/出演:シガニー・ウィーバー、トム・スケリット、ジョン・ハート/配給:20世紀フォックス

宇宙では、誰もあなたの悲鳴を聞いてくれない
宇宙貨物船ノストロモ号は、地球への帰還航行中に未知の信号を受信し、ある惑星に着陸する。乗組員のひとりが連れ帰った異形の生命体は、やがて密閉された船内で乗組員たちを一人ずつ狩り始める。
ホラーとSFが完全に融合した瞬間がこの映画である。H・R・ギーガーがデザインした有機的で性的なエイリアンの造形は、当時の観客に強烈な不快感と魅力を同時に与えた。さらに、最後まで生き延びるのが女性航海士リプリーであるという展開が、後のアクションヒロインの系譜の原点となる。閉鎖空間の恐怖、未知のものへの根源的な不安、そして強い女性像。多くの遺産を一作で残してしまった作品である。
アニー・ホール(1977)
監督・脚本・主演:ウディ・アレン/共同脚本:マーシャル・ブリックマン/出演:ダイアン・キートン/配給:ユナイテッド・アーティスツ/第50回アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞・主演女優賞受賞

恋が終わったあとで、その始まりを語りはじめる
神経症的なコメディアン、アルビーと自由奔放な歌手志望のアニー。ニューヨークで出会い、惹かれあい、そして少しずつズレていく二人の日々を、時間軸をばらばらにしながら綴っていく。
『スター・ウォーズ』を抑えてアカデミー作品賞を獲ったというのは、当時としても今振り返っても異例の出来事だった。観客に直接語りかけ、子供時代に大人のまま戻り、字幕で本音を表示する。映画文法を遊び倒しながら、結局たどり着くのは「人は理屈ではなく、こうやって誰かを好きになり、別れていく」という普遍的な真実である。ダイアン・キートンのファッションは「アニー・ホール・ルック」として伝説になった。理屈っぽい男のラブストーリーなのに、なぜか胸に何かが残る不思議な映画だ。
スティング(1973)
監督:ジョージ・ロイ・ヒル/脚本:デヴィッド・S・ウォード/音楽:マーヴィン・ハムリッシュ/出演:ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、ロバート・ショウ/配給:ユニバーサル・ピクチャーズ/第46回アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞など7部門受賞

騙される快感を、これほど鮮やかに教えてくれる映画はない
1936年シカゴ。詐欺で日銭を稼ぐ若者フッカーは、相棒で師匠でもある黒人ルーサーをギャングのボス、ロネガンに殺される。仇を討つため、フッカーは伝説的なコンマン、ヘンリー・ゴンドーフを訪ねる。二人が仕掛けるのは、大物ギャングを丸ごと飲み込む壮大な詐欺だった。
『明日に向って撃て!』の名コンビが再集結したというだけで当時は大事件だったが、本作の凄さは「観客もまた、いつの間にか騙されている」という構造にある。スコット・ジョプリンのラグタイム「ジ・エンターテイナー」が陽気に響くなか、伏線が回収され、仕掛けが明かされ、観客は劇場の椅子からずり落ちる。エンタメ映画の教科書として、これ以上のものはなかなかない。
地獄の黙示録(1979)
監督:フランシス・フォード・コッポラ/原作:ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』/出演:マーティン・シーン、マーロン・ブランド、ロバート・デュヴァル、デニス・ホッパー/配給:ユナイテッド・アーティスツ/第32回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞

川を遡るたびに、人間が壊れていく
ベトナム戦争末期。アメリカ陸軍のウィラード大尉は、カンボジア奥地のジャングルで独自の王国を築いた元特殊部隊隊長カーツ大佐の暗殺を命じられる。哨戒艇でヌン川を遡るウィラードと部下たちは、その旅の途中で戦争という名の狂気を次々と目撃していく。
撮影現場そのものが地獄だったという伝説は数知れない。主演交代、台風によるセット崩壊、マーティン・シーンの心臓発作、麻薬中毒のデニス・ホッパー、脚本を読まずに現場入りしたマーロン・ブランド。それらすべてを呑み込んで、コッポラはコンラッドの『闇の奥』を20世紀の戦争の地獄絵図に翻案してみせた。ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を流しながらヘリ部隊が攻撃するあの伝説的シーンは、観てしまった者の脳裏から二度と消えない。
スター・ウォーズ(1977)
監督・脚本:ジョージ・ルーカス/音楽:ジョン・ウィリアムズ/出演:マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、アレック・ギネス/配給:20世紀フォックス映画

遠い昔、はるか彼方の銀河系で起こった物語が、世界を変えた
砂漠の惑星タトゥイーンで暮らす青年ルーク・スカイウォーカーは、一台のドロイドR2-D2に隠されたメッセージをきっかけに、銀河を巻き込んだ戦いに足を踏み入れていく。隠遁していた老ジェダイ、アウトローの密輸業者、そして囚われの姫君。冒険活劇のすべてを詰め込んだ物語が、ここから始まった。
内省的なアメリカン・ニューシネマが主流だった時代に、ルーカスは黒澤明や『フラッシュ・ゴードン』、神話学者キャンベルの『千の顔をもつ英雄』を養分にして、純粋な娯楽の復権を成し遂げた。ジョン・ウィリアムズのファンファーレが鳴り、黄色い文字が宇宙の彼方へ流れていくあのオープニング。あれを初めて観たときの興奮は、世代を超えて受け継がれていく。映画とは、これほど胸を高鳴らせてくれるものなのだと、この一本が証明している。
ロッキー(1976)
監督:ジョン・G・アヴィルドセン/脚本・主演:シルヴェスター・スタローン/音楽:ビル・コンティ/出演:タリア・シャイア、バージェス・メレディス、バート・ヤング/配給:ユナイテッド・アーティスツ/第49回アカデミー賞作品賞・監督賞・編集賞受賞

勝つことではなく、最後まで立っていることが目的の物語
フィラデルフィアの場末で、しがないボクサーとして暮らすロッキー・バルボア。ペットショップで働く内気なエイドリアンに想いを寄せながら、彼の日常は淡々と過ぎていく。ある日、世界ヘビー級王者アポロ・クリードが対戦相手を急遽探していると知り、ロッキーに思いもよらない指名が舞い込む。
スタローン自身が無名の役者として書き上げた脚本を、スタジオから提示された高額の脚本買い取り案を断ってまで、自身の主演にこだわって映画化させたという背景を知ると、この映画の重みはまた違って見えてくる。本作は「勝つボクサー」の物語ではない。15ラウンドを王者と打ち合って、最終ゴングまで立っていることだけを目指す男の物語だ。ビル・コンティの「ロッキーのテーマ」と、博物館前の階段を駆け上がるあの映像。映画というメディアの励まし方を、極限まで純化させた瞬間が確かにここにある。
